2009.07/03(Fri)
ディア・トクター
夜の闇の中、白衣姿の男がよろよろと自転車をこいでいる。カメラが映す丸っこい背中を見て鶴瓶だと思った。私は笑福亭鶴瓶さんの大ファンで彼の風貌には愛着を持っている。人懐っこい笑顔で振り返ってくれるのを、ドキドキしながら待つ。ところが、やおら顔を向けたのは別人。「あれっ?」 白衣を着ていたのは村人で、村はずれの道に脱ぎ捨てられていたのを拾ったと言う。ならば、白衣の主はいずこへ?何らかの事件に巻き込まれたのかもしれない。山あいの過疎の村に不安が広がる。なんせ、伊野先生は村に常駐するたった一人の医師なのだ。ほどなく、県警から二人の刑事がやってきて、失踪した伊野の行方を追う。
この映画は鶴瓶さん目当てで観に行った。平日の昼間にしては、まずまずの入り。場内を見渡すと、年配の方が多い。なんと、私が一番若いぐらいだ。(梅雨時の珍事?)医療問題を扱っているからだろうか。それとも鶴瓶人気からか。そして映画を観終わって思った。これはある程度、人生経験を積んだ人向けの映画だと。監督は客層に合った映画を用意したことになる。原作と脚本も手がけている西川美和監督は、さぞかし人生経験豊かな人かと思いきや、1974年生まれの35歳だとか。ウッソ〜。代表作の『ゆれる』はタイトルしか知らない(汗)。
西川監督は人間を正面からだけでなく、側面からも観察している。正面から捉えるとストーレートで分かりやすい映画になるが、弾力がなく、面白みに欠ける。一方、多面的に描くと、やや複雑にはなるけれど作品に深みが出る。本作は観る人によって視点と評価が分かれそうな映画だ。私は小品的佳作と感じた。
棚田が広がる、のどかな風景。登場人物たちはユーモラスな雰囲気で画面に出てきて「良い人」という先入観を観客に植え付ける。医大を出たばかりの研修医の相馬(瑛太)、ベテラン看護師の大竹(余貴美子)、一人暮らしの未亡人かづ子(八千草薫)、薬品会社の営業マン斎間(香川照之)、そして無医村だった村にやってきた伊野(笑福亭鶴瓶)。住民たちは彼を「神さま仏さま」と尊敬し慕い頼りにしている。ところが、伊野の正体が判明した時の村人たちの反応が観る者を混乱させる。知らずにとは言え、伊野の犯罪の方棒をかついでいた人々の豹変。かづ子を除いて、皆、被害者であることを刑事に訴え、伊野との関係を否定する。かと思えば、伊野を擁護するようなことをポツリとつぶやく。いったい、どちらが本音なのか・・・。
伊野はと言うと、これまた捉えどころがなく謎めている。人の良さが災いし、抜き差しならない状況に追い込まれてしまったのだろうか。贋医者になった動機もはっきりしない。この辺の人物描写が上手い。人間なんて、一皮剥けば、何が出てくるかわからないよ・・・というメッセージが伝わってくる。さらには善悪の基準の曖昧さにまで言及している脚本は力がある。何でもかんでも、白黒ハッキリさせれば良いというものではないんだよね、世の中は。
伊野の笑顔はTVで見慣れている鶴瓶ちゃんのまんま。とっても、いい感じ。「この役者はいい感じ」という時は、この役者はうまい、ということではなくて、その人の生身を感じることができるということだと思う。自分の実像を抜きにしては虚像を演じられないのではないかしら。鶴瓶さんの一世一代の演技が光る。
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2009.06/27(Sat)
スター・トレック(1979)
漆黒の宇宙空間に浮かぶ青い雲の中に、クリンゴン星人が乗った宇宙船が入っていく。彼らの領域に侵入した発光雲に攻撃をしかけるためだ。船長が宇宙語で「魚雷装てん」を部下に指示し発射された。クリンゴン星人は魚雷の行方を追うが、その光は一つまた一つと消えてしまう。
次にカメラが捉えた映像は宇宙ステーション・イプシロン9号。中ではクリンゴン星人の通信を傍受し、解読する作業が行われていた。その時、謎の青い雲は鋭い光線を発し、クリンゴン星人の船を包んだかと思うと、一瞬にして消し去ってしまった。雲は地球に向かって移動している。
場面はバルカン星に移る。スポックが地面にひざまずき、祈りをささげるようなポーズで神経を集中させている。何かを悟ったかのような穏やかな顔。耳のとがった女性がスポックに語りかける。「我が祖先は動物的な感情を駆逐した。お前の努力を認め、ここに論理の象徴を授ける。」しかし、スポックはそれを拒否した。宇宙からの呼びかけが、彼の中の地球人の血を騒がせるのだ。スポックはカーク船長のエンタープライズに戻ることになる。
地球に接近中の、強大な破壊力を備えた青い雲を阻止できるのは位置的に見てエンタープライズだけ。カーク船長らは正体不明の物体へと飛び立っていく。青い雲の正体はなんでしょう?という映画かな。
ネタバレで書くと、青い雲は、機械が意識を持って発達した惑星だった。引力に引き寄せられた物体を機械の住人たちは「ヴィージャー」と呼び仲間として扱う。「ヴィージャー」の任務が情報収集だと知った機械惑星はデータを集め提供した。その結果「ヴィージャー」の知識は巨大化し、知能を持ち生命を得る。そして今、自分の創造者に、集めた知識を提供しようとしているのだ。驚くことに「ヴィージャー」は300年以上も昔にNASAアメリカ航空宇宙局から打ち上げられたボイジャー6号で、創造者は地球人だった。言語は300年以上前のものであるから、今の地球にメッセージとして伝えることができない。そして自分たちの呼びかけに応じない地球を敵と見なし攻撃を加えてしまうだろう。それを防ぐには人間と融合して新たな宇宙的な生命を作る必要がある。・・・と少々、難解。『2001年宇宙の旅』的な新しい意味を求め出したかったのだろうか。
この映画が公開された頃は『スター・ウォーズ』(77) 『未知との遭遇』(77) 『スーパーマン』(78) 『エイリアン』(79)といった本格的SFエンターテインメントが熱気をもって人々に受け入れられていた。本作にはトレッキーの熱狂がある一方、TVシリーズの延長なのでは・・・という声もあった。今、最新作が公開されている。どんな映画なのかなぁ。行こうかどうしようかと迷っているうちに、近所のシネコンでは夜遅くの上映のみになってしまった。WOWOWの放送を待とう^^;
テーマ : 特撮・SF・ファンタジー映画 - ジャンル : 映画
2009.06/22(Mon)
真夏のオリオン
ドイツUボートと米軍駆逐艦の一騎打ちを描いた映画です。名作『眼下の敵』(1957)に似せて作ったのでしょうが、根本的に違います(汗)。『眼下の敵』には艦長同士の手に汗握る男の戦いがありました。命とプライドをかけての真剣勝負です。紛れもなく戦争についての映画でした。
『真夏のオリオン』はと言うと、残念ながら戦争映画ではないです。戦争をロマンチックに爽やかに描いちゃ、まずいでしょ。戦争を知らない世代が作った映画の典型でしょうね。人間ドラマとしては人の心を打つものがありますし、潜水艦の描写もリアルです。『亡国のイージス』のような荒唐無稽なお話でもない。しかし、戦争の捉え方が甘いように私は感じました。おそらく、戦争映画に関心がない人を振り向かせようと作った映画なのでしょうね。映画技術とドラマ性に長けた作品です。センチなラストが涙を誘います。
2009.06/17(Wed)
ハリーとトント
カメラは街の雑踏に分け入って、老人たちを点描していく。腕を組んで歩く夫婦、ベンチにひとり座って車の流れを見つめている人、人ごみをぬうように歩いている人、売店で買い物をする人、新聞を広げている人、犬を散歩させている人・・・気にとめて街を見渡せば、よく目にする当たり前の光景だ。映画は老人たちの日常で始まる。
数年前に妻を亡くしたハリー(アート・カーニー)は、ニューヨークの大通り近くに、猫のトントと暮らしている。老人の一人暮らしと言っても暗さはない。そこはかとない寂寥感は漂っているけれど、絶望というほどではない。ハリーは今の生活が気に入っているようだ。近所には友達が多くいて、彼らとのおしゃべりはハリーの日常の一部となっている。時には車にはねられそうになったり、ひったくりにあったりもするが、それも含めて日常。
そんな平々凡々な生活を一変させる出来事が起こった。長年住んでいるアパートが取り壊され、住み慣れた部屋から追い出されてしまう。郊外に住む長男一家と同居することになるが嫁は良い顔をしない。しかたなくシカゴに住む長女を訪ねるも彼女とは相性が悪い。この辺りの筋立ては小津安二郎監督の『東京物語』と似ている。両作とも老人の心情風景を映した作品だが、登場人物の性格は異なりを見せる。笠智衆は淡々と静かに振る舞っていたのに対し、ハリーの口数の多いこと(笑)。老人を代表して映画に出演しているかのように、よくしゃべる。若者に遠慮せず、毅然と生きているところがいい。
諸々の事情があって、ハリーとトントはアメリカ大陸横断の旅に出る。60年代終わりから70年代初めにかけて、ロード・ムービーの主役はアナーキーな銀行ギャングやヒッピーや放浪者たちだった。彼らの映画はニューシネマと呼ばれ反体制な若者たちの青春ドラマとして一世を風靡した。そのムーブメントが行きついた先に『ハリーとトント』のような人間凝視の挽歌があったと言えそうだ。
本作には一般市民の目から見たアメリカがある。核家族化が進んだ社会には、ヒッピーにあこがれる少女、老人ホームで暮らすかつての恋人、怪しげなモノ売り、高級娼婦、インディアンの呪い師らがいる。これらを映画の中で重層的に浮かび上がらせた手法が上手い。不特定な人々のそれぞれの生き方を、ハリーの旅を通して拾いあげている。
ハリーは西部の海岸にに落ち着く。新しい土地に馴染んだ彼の横にトントの姿はない。ハリーは妻に続いて愛猫も失ってしまったが「11歳だったから人間なら77歳になる。いい一生だった」とトントの死を受け入れている。今は明るい笑顔で若者とチェスを楽しみ、時に女性に言い寄られたりもしている。悪くない人生だ。老人の前向きさが観る者の心を明るくする。人生上々。
2009.06/15(Mon)
零式艦上戦闘機
日の丸、カートに乗ったお犬さま、旧陸軍の軍服姿の男性・・・・が一枚の写真に収まっています。ちょっと珍しい組み合わせでしょ?場所は靖国神社の入り口でございます。ちなみにワンコは境内に入れません。靖国神社は戦死者を祀っている場所ですから、犬は犬死を連想させるとして、立ち入りが禁止されているのかもしれませんね。
神社の敷地内にある「遊就館」の玄関ホールには零式艦上戦闘機(ゼロ戦)が展示されています。案内版に、五二型は初期型より主翼の両端を短く円形に整形されている。そして発動機の栄(さかえ)二一型エンジンに推力式単排気管を採用して速度がかなり向上し、零式戦闘機の中では最も多く生産された・・・・と書かれています。
アメリカの戦闘機と比べるとシンプルです。運動性を重要視し、機体を軽くしているのでしょう。
南方(ヤップ島?)から持ち帰り、修復したものだそうです。機体の製造標には「零式艦上戦闘機五二型」三菱製とあります。柳田邦男著『零式戦闘機』には、ゼロ戦を世に送り出した若き技術者たちの苦労が描かれていました。三菱の名古屋航空製作所でゼロ戦は誕生したのです。
下の写真は九九式二十ミリ機銃です。ゼロ戦二一型に搭載されていたもので、初速六百メートル/秒、弾倉(60発)給弾・・・・とあります。これでは直ぐに弾が無くなりますね。












