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2007-08-05 Sun 23:52
風林火山の感想です。
真田幸隆と相木市兵衛の活躍が描かれていましたね。 真田幸隆は武田二十四将に数えられ、そこそこ有名だと思うのですが 相木市兵衛は知る人ぞ知る武将だと思いませんか? 武田信玄大事典によると、信濃先方衆で田口城主。騎馬80騎持。 岩村田大井氏の重臣依田氏の一族・・・・中略・・・・武田氏滅亡後は 相模北条氏に属して徳川氏方と抗争するが没落・・・・とあります。 ドラマでは、小堺かずきさんに似た俳優さんが、相木を演じています。 毎回、出番が多いので、ちょっと気になっています(笑)。 今回は真田幸隆が戸石城を攻略するために、大芝居を打っていましたねぇ。 真田は謀略家だと言われてますが、あそこまでやるかなぁ ![]() あれじゃ、映画「スティング」や「オーシャンズ・シリーズ」の世界ですよ(笑)。 勘助も根来の坊主に化けてましたし・・・・爆 「ピンクパンサー」のクルーゾー警部ばりの変身術です。 武田は詐欺集団だったのでしょうか?! |
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2007-07-22 Sun 20:10
「風林火山」で晴信公が詩ってらっしゃいましたね。「甲陽軍鑑」品第三十九の中の「信玄公逝去につき御遺言の事」という項目に出てきます。サラッと出てくるので、見逃しそうです。以下、抜粋しました。
信玄は、手柄をたてるのに、若いときから他国の大将をたよって出馬を願い、連合して戦ったことは一度もない。また包囲した城のかこみを解いて退いた事は一度もない。味方の城を一つとして敵に奪われたこともない。甲州国内には城郭をかまえて用心することもなく、館はただの屋敷がまえですませてきた。ある人が信玄公の御歌として言う。 人は城 人は石垣 人は掘り 情けは味方 あだは敵なり アハハ・・・・たったこれだけしか、書かれてないのですよ〜。「人は城 人は石垣・・・・・」のフレーズは、信玄公の歌として、「可笑記」という江戸初期の仮名草子にも出てきます。またまた、抜粋します(笑)。 国主の城郭とは、五倫五常を守ること、正しい法度を定め、軍法を厳しくして、武士道の邪正をただすこと、家老、近習衆、諸役人に、心正しい侍を見立ててすえること。領民に恩情をほどこし、喜ばれるように計らうことなど以外にない。 可笑記の原作者は「人は城 人は石垣 人は掘り」という歌に心を打たれたのでしょう。現代人の私も、大好きなフレーズです!!! |
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2007-07-15 Sun 19:21
「風林火山」の感想。
今回の大河ドラマ、重厚感があり良い仕立てですね。 中井貴一さんが主役を務めた「武田信玄」の時は、史実と違う!と思って見ていました。 それ以降、大河ドラマに反発を感じて、アンチ大河となったのです。 (忠臣蔵関連のものを除きます・・・笑) しかし、今回は柴辻先生が時代考証をされていることもあって 主だった合戦は盛り込んでいるし、駒井政武に光をあてているのも渋い。 山本勘助が主役というのは、引っかかりますが、内野さんがあまりにもカッコいいので 許すとしましょう(笑)。 ただ、信玄公は「天と地と」で高橋幸治さんが演じた信玄が、今でも一番好き。 あれを見て(年くっててすみません)信玄びいきになったのですよ。 亀さんは、凄みがありすぎで・・・私としては、竹ノ内豊さんあたりに演じてほしかった。 ジョニー・デップでもいいのですがね(笑)。 さてさて、今回。甘利虎泰と板垣信方が死んじゃったよー。当然泣きました。 信玄公にとって「上田原の合戦」と「戸石崩れ」での負けは 最強軍団になるために払った大きな犠牲でしょうね。 家康にも言えることですけど、人間若いときに挫折を味わうことが大切なのだと感じます。 戦国武将の負けは命取りになりますけど・・・・・ |
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2007-06-03 Sun 20:20
久々に大河ドラマの感想。毎回、欠かさず見ていたのですけどね。
しかし、ここのところ、由布姫が主役でしたので・・・・ ドラマとしては面白かったけど、武田びいきとしては、複雑な想いがあります。 だって、勝頼を生むかと思うと ![]() それだけ、迫真の演技だったということです(笑)。 さてさて、今日は「第二次河東一乱」でしたね。嬉し涙を浮かべて見てました!! いつも、三国同盟と騒ぎ立てておりますけど、この同盟の契機ともなった河東の一乱。 正式な同盟成立は、まだまだ後ですけれど。 もともと、北条と今川は、深い結びつきがありました。 北条、北条と言ってますが、正確には後北条。伊勢(北条)早雲が初代の新興大名です。 二代目の氏綱(氏康の父)のときに、伊勢から北条に改姓しました。 北条早雲の妹が、今川氏親(義元の父)の生母です。 早雲が今川の軍師的な役割を担うほど、両家は固く結びついていました。 その関係を悪化させたのが、信虎の時代に締結された、今川と武田の同盟だったのです。 そんで、今川と北条は、戦闘状態 ![]() 晴信公、氏康、義元の登場に大感激です!! 特に義元公におかれましては、いつのまにやら、マロ帽子をご着用〜そうこなくっちゃ! 来週はいよいよ、関東管領・上杉憲政と北条氏康の【河越合戦】だぁ〜すっごく、楽しみ! これに大敗北した上杉家は、急速に力を落とし、後に謙信を養子に迎えるのですよ。 長尾景虎の登場も近いですなっ! そして今日は、小山田信有も出番が多かった。 信有は天正21年に死去します。残念ながら川中島合戦の前です(涙)。 小山田家は、都留郡の支配権が容認されていた唯一の分郡領主であり 武田の家老衆のなかでは、特異な存在でした。 ドラマでは、ちょっと納得いかない描かれ方・・・もっと優秀じゃわい!!! すっ、すいません。興奮して乱暴な言葉使いになりました(*_ _) |
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2007-04-15 Sun 20:56
大河ドラマ感想
いけませんねぇ。勘助・教来石・板垣が嘘つきですねぇ(笑)。嘘つきは泥棒の始まりですよーだ!諏訪攻略が晴信公による信濃侵略の始まりですから、泥棒の始まりと言えなくもない(笑)。しかし、「嘘も方便」ということわざもある!!調略をもって敵を降伏させれば、敵・味方とも損害が少なくてすみます。戦わずして勝つことも必要ですね♪ 騙された諏訪頼重は、この時27才。その夫人・ねね16才。ドラマの二人は、とてもそんなに若いとは思えませんね。晩年を描くことを想定して、ある程度の年齢の役者さんを起用するのならわかるのですが、残念ながら、この二人はもうじき亡くなります。 頼重の娘・由布姫は、父親の年齢から換算すると、10代前半でしょう。それにしても、頼重は若くしてパパになったんだ(@_@;) 由布姫って怖そう〜。ちょっと、表情がきつすぎるように感じますが・・・・今回は勘助も怖い顔をしてたしな。 まっ、そのうち柔和な女性になってくれるのでしょう。 |
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2007-04-09 Mon 13:52
大河ドラマ感想記
ババンババンバン、バンババンバン いい湯だなハハハン、いい湯だなハハハン ここは甲斐の国〜湯村の湯♪ 晴信公と勘助が一緒にお風呂に入ってましたね。ふたりとも楽しそう。 やっぱ、裸のつきあいが一番なのでしょうかね(笑)。 ついに、信玄公からラブレターをもらった春日源助(源五郎)が、奥近習に登用されました! 源五郎くん、信玄堤と俗称されている治水事業について、晴信公に意見を述べていた。 で、ちゃっかり晴信公のお傍に仕えるとは!・・・晴信公の一目ぼれ?(笑)。 そして今週の目玉は教来石景政。後の馬場信春!!武功派の代表格です。 ドラマでは、勘助と一緒に高遠と諏訪を調略しに行ってましたね。 馬場は長篠の戦いで壮絶な最期をとげた武将。 信長公記にも「馬場美濃守の活躍は比類のないりっぱなものであった」と書かれています。 馬場と同じく武功派の山県昌景もチラッと出てました。 春日源五郎(高坂弾正)、馬場信春、山県昌景 これに内藤昌豊を加えて「武田四名臣」と呼ばれています( ^▽^) もうじき内藤を登場させてくれるかな?この人は外せませんぜっ! |
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2007-03-18 Sun 20:05
「これより先は兄上の命に従いまする」よう言った
![]() さすがは、武田の名副大将!左馬助・信繁さま!!思わず涙ぐみましたよー。 今までの放送のなかで、一番感激しました。 武田信繁は1525年生まれ。信虎の四男。兄の信玄公とは4つ違いの弟君。主家への奉公の心得などを説いた「異見九十九箇条」を嫡子信豊に与えています。これは、武田の家訓のもとになったものと言われています。信玄の信頼が厚く、信玄に代わってしばしば全軍の総大将を務め、そのため「副将」と俗称されるほどでしたが、川中島合戦において37歳で戦死。 今回は北条氏康も久々に登場したし、義元と雪斎が小憎らしかったし、小山田も台詞が多かったし満足ですぅ。ちょっと哀れだったのが信虎さん。信玄公・信繁の他、虎の字を授けた家臣たちに見送られてました。 ![]() でもね、駿河に追放された後、京都に居を構えたり、奈良に遊びに行ったりと、優雅な生活を送ったのですよ。信玄公よりも長生きしたし。考えようによっては、戦乱に明け暮れるよりも、幸せだったかもしれませんね。 さっ、いい気分のまま、「小田原北条記」の続きを読もうっと!これ、めちゃくちゃ面白いですわ。頭の中は戦国絵巻・・・ヤッホー |
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2007-03-05 Mon 12:54
大河ドラマ感想記。
冒頭10分、晴信公・信方・勘助の問答は迫力満点でしたね。つまらぬ邪念が入らないよう、亀さんの鼻から上だけを見ていました(笑)。晴信公の器量の大きさ、その場の感情に流されない冷静さといったものが表現されていて、とてもよかったと思います。勘助が、刀を首に当てられたときに見せた 「観念しました」 という表情 これも素晴らしかったです。 今回、後に勝頼の生母となる由布姫とその父諏訪頼重も登場。いよいよ役者が揃ってきて、これからの展開が楽しみになってきました。信虎は、相変わらず憎々しい!(笑) 仲代達矢さんが良い味を出してますねぇ。 しかし考えてみれば、信虎も可愛そうです。後世の人間が、あんなふうに自分を描いていると知ったらどう思うでしょうかね?武田信虎は、14歳で家督を相続し、祖父信昌と父信縄の不和から始まった内乱を40年ぶりに終息させ、甲斐を統一した武将です。甲斐国内の勢力のみでなく、国外勢力との闘争を繰り返すなかで、武田家を守護大名から戦国大名へと変革させ、その基盤を固めました。信玄公による強大な領国経営の礎を築いた偉大な人です。 しかし、信虎=暴君=嫌なヤツと、とられがちです。これは、信虎が追放されたあと、甲斐国内が混乱に陥ることもなく、民百姓も信玄への代替わりを喜んだと勝山記などに記載されているため、信虎は暴君だったと、後世の人が決めつけてしまったのかもしれませんね。信虎の功績の評価が低すぎると思います。晴信によるクーデターの背景は、もっと複雑なのではないでしょうか。 |
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2007-02-26 Mon 14:28
大河ドラマ感想記。
晴信公の初陣とされる海ノ口城攻略戦でしたね。 勘助が平賀源心に、城に泥を塗り火矢を防ぐようにとアドバイスしてました。 「この城は、ちと小奇麗すぎます。私のように小汚くいたしましょう」って・・・違ったっけ? 勘助の衛生感覚に疑問を持っていたのですが、それなりの言い分があったんだ!(笑) 晴信公は甲羅(←誤)ではなく、鎧兜に身を包んでの初陣でした。 亀という動物にハマっている私には、とても愉快な格好に写ります。 なんだか亀さん、お顔も少しカメに似ている気が・・・・? そもそも、晴信公を演じている役者さんの名前に亀の字が入っているから 変な妄想にとりつかれてしまったわけで・・・・ どうして、亀という名前の人が亀に似るのかを考えてみました。 【オッカムの定理】というものを聞いたことがあります。 名前を付けてしまうことによって、現象が成立するという有名論です。 例えば、ニートという言葉をつくるからニートが生まれる?・・・らしい。 この定理を亀〇朗さんに、あてはめると 亀という字を名前に使ったので、亀のような人間になってしまったということ? 親が子供に名をつけるとき、名前に恥じない人間になってほしいという願いをこめますよね。 亀という字は、役者としての繁栄を願ってのことでしょう。 首の長さに関しては、亀が首をばした状態をイメージしたのであって すくめた状態ではないと思います。 これからも役者の亀さんとOooさん家の亀ちゃんを応援します。 |









