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2007.03/19(Mon)

歴史の流れ

「小田原北条記」は史料ではなく、あくまでも物語です。
史実と逸話から構成されている一種の合戦記録かな。主役は北条家。

上巻しか読んでいないのですが、目から鱗!
今まで断片的にしか知らなかった諸々の事項が、一つに繋がりそうです。
例えるなら、ジグソーパズルを完成させていく面白さといったところでしょうか。
一冊の本で、これほど全体像が見えてくるとは思いませんでした。
武田・上杉の本に北条家のものを加えると、当時の状況がわかってくるのですね。

上杉謙信の本を読むと、関東管領・上杉憲政の名が出てきます。
謙信は、上杉家の臣下である長尾家の人間で、上杉は謙信にとって主君。
上杉家の養子に入り、家督と関東管領職を譲り受けました。
ですから、鎌倉時から続く上杉家は、憲政の代で断絶したとも言えるわけです。
その後、謙信は関東管領として、北条・武田と対決する。
と、ここまでは、わりと一般的な話だと思うのですよね。

わからなかったのは、北条氏康・氏政時代の関東の情勢と上杉家のことです。
上杉家には、山内上杉家と扇谷上杉家と2系統あり、関東を支配していました。
上杉家は、足利家である京都公方(将軍)の臣下で、鎌倉公方の執事なわけです。
これに古河公方なるものも入り混じってくるので、頭の中がごちゃごちゃになり
今までは整理ができませんでした。

「小田原北条記」の上巻は、北条が関東の覇者となるまでが描かれており
新参の北条家とこれを迎え撃つ上杉家の確執の歴史が細かく記載されています。
これを読めば、当時の関東の勢力図が読み取れます。
そして、謙信がなぜ、あれほど関東管領職というものに縛られたのか
大義名分にこだわったか、わかるような気がします。

あと、信玄公が武田の置かれている立場を熟慮し
今川との二国同盟を、北条を含めた三国同盟にした手腕。
まぁ、敵の敵は味方ということです(笑)。
逆に、北条よりも上杉をとった勝頼の状況判断の甘さ。
こうなってくると、今川のことも調べねば(笑)。武田と信長包囲網をひく本願寺も。

下巻を読んだら「信長公記」でしょ♪
そのうち、頼んである超マニアックな武田本も届くはず・・・ウシシ


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