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2007.04/09(Mon)

馬場信春

大河ドラマ感想記

ババンババンバン、バンババンバン
いい湯だなハハハン、いい湯だなハハハン
ここは甲斐の国~湯村の湯♪

晴信公と勘助が一緒にお風呂に入ってましたね。ふたりとも楽しそう。
やっぱ、裸のつきあいが一番なのでしょうかね(笑)。

ついに、信玄公からラブレターをもらった春日源助(源五郎)が、奥近習に登用されました!
源五郎くん、信玄堤と俗称されている治水事業について、晴信公に意見を述べていた。
で、ちゃっかり晴信公のお傍に仕えるとは!・・・晴信公の一目ぼれ?(笑)。

そして今週の目玉は教来石景政。後の馬場信春!!武功派の代表格です。
ドラマでは、勘助と一緒に高遠と諏訪を調略しに行ってましたね。
馬場は長篠の戦いで壮絶な最期をとげた武将。
信長公記にも「馬場美濃守の活躍は比類のないりっぱなものであった」と書かれています。
馬場と同じく武功派の山県昌景もチラッと出てました。

春日源五郎(高坂弾正)、馬場信春、山県昌景
これに内藤昌豊を加えて「武田四名臣」と呼ばれています( ^▽^)
もうじき内藤を登場させてくれるかな?この人は外せませんぜっ!



13:52  |  大河ドラマ風林火山  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.04/07(Sat)

信玄公の恋文

今夜は2本の歴史バラエティ番組が放映されますね。
番組欄を見ると「信玄のラブレターを赤面大公開」とある(笑)。
おそらく、あれのことだな!・・・笑いネタにされる起請文が残っています。
ラブレターを書くのはいいのだけれど相手が悪い。春日源助宛なのですよ。
春日源助とは大河ドラマで、勘助を家に泊めてあげていた美少年です。
後に高坂家の養子に入り、海津城代を務めた信玄公の側近。
武田24将の中でも人気の高い武将です。

ラブレターの内容はですねー
源助に「浮気しているのではないか」と詰問されたことへの返書です。

第一条:あなたがいっているように、確かに私は弥七朗に何度も言い寄りましたが
彼が腹痛だったため、意が叶いませんでした。これは全く虚偽がありません。

第二条:弥七朗を伽に寝させたことはありません。これは過去でも同じです。
・・・中略・・・特に今夜は庚申の日でみんなと一緒に起きているのですから
彼と寝ることなどできないはずです。

第三条:あなたに私の潔白を知っていただこうと奔走すると、かえって疑いをかけられて
迷惑しています。

この条々について偽りがございましたら、甲斐国の一二三大明神、富士、白山
殊には八幡大菩薩、諏訪上下大明神の罰を蒙ります。

ですって・・・
天文15年7月5日に出した文書。信虎追放から5年後です。
まっ、いろいろあるさ(≧▽≦)


18:37  |  歴史  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2007.04/05(Thu)

忘れる!

午前中、家の中の物を整理してました。
賞味期限が過ぎた食品、使用期限が過ぎた薬、不要になった書類・雑誌などなど・・・
要らない物が家にあるのがイヤで、定期的に整理するようにしています。

2時間ぐらい没頭していたかな。作業を終えホッとしたところで、ふと思った。
あれっ、現金を入れた封筒(中身は少ないですよ)をどこにしまったっけ??
思い出せない!必死で探せど金が無い。
もしかしたら捨てたかもとゴミ箱を調べたけど無い!
数分悩みましたが、まっいいかぁ犬が元気ならそれで良いと気を取り直しました。
(ちっとも良くないですよね)

気分を変えて犬の写真でも撮ろうと思ったら、今度はデジカメがない!!
どうしよーワンコの写真がぁー思い出が詰まった大事な写真がぁー
探すこと1時間、普段使っていないバッグの中にありましたε-(*´ω`*) ホッ
なんで入れたのかは思い出せません(汗)。

お金もデジカメを探しているとき、出てきました。
これもなんで、そこにしまったか思い出せない(午前中のことなのに)。

どうもいけません。自分の年齢さえ、うる覚えです。ときどき、度忘れします。
生年月日はバッチリ覚えていますので、今の西暦から逆算すればわかりますよね。
ところが、今の西暦を忘れているときがある!でも焦ることはありません(  ̄ー ̄)
新聞の日付を見れば2007年と書いてあります。
引き算をすれば、私の年齢がはっきりします。(4桁の引き算は鬼門ですが)

今年は平成19年ですよね。これも未だ、しっかり覚えてません。
覚えたころには、次の年がやってくる(笑)。
こんなことですから、日付なんて知りません。考えたこともないです。
毎日変わるものなんて、覚えてもしょうがないですからね。
曜日さえ知っていれば、大丈夫。え~と、今日は生協さんが来たから木曜日



17:46  |  一般  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2007.04/02(Mon)

甘利左衛門尉信忠

甲陽軍鑑に挿入されている逸話には、人の心をうつものが多数あります。
その中から、特に感動した話を紹介しますね。

永禄5年、武田と北条の連合軍が武蔵国松山(埼玉県吉見町)を攻めたときのこと。
甘利左衛門(大河ドラマで竜雷太さんが演じている甘利虎泰の嫡子)の同心頭の息子に
米倉彦次郎という者がおりました。
この彦次郎が敵の鉄砲で腹をうちぬかれ、瀕死の状態になってしまいます。
葦毛馬の糞を水にまぜて飲めば、血をくだすというからと与えようとします。

しかし、彦次郎は「こんなに手前から後ろにうち抜かれては助かるはずもない。
それに命惜しいとて、牛馬の糞まで飲んだと言われては、武道に励んだ者として
屍の上の恥となる」と言って飲まない。

そこに甘利左衛門が来て
「万が一ということもあり、助かればまた信玄公の御用にたつことができるのだから
よき武士は命を全うして高名をとどろかせるべきだ」と言い
馬の糞をまぜた水を二口飲み「一段と味がよい」とほめました!
そして、手から糞水を彦次郎に飲ませたのです。
すると不思議なことに胴の血が一桶ほども出て、彦次郎の深傷は全快したそうな。

それを見聞きした人たちは、甘利も彦次郎もりっぱだと涙を流しました。
以後、甘利左衛門は信玄公に目をかけられる侍大将とみなされるようになったとさ・・・

いい話だと思いませんか?バッチイ話ですが、美しい話でもあるわけです!!
いつも糞尿話ばかりして申し訳ないですm( __ __ )m
ただですねぇ、糞尿話の中には何かがあるのですよ。汚いだけではない何かが(笑)。
普段見過ごしてしまうような何かが!



15:22  |  歴史  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑
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