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2007.05/28(Mon)

信長はどっち?

20070528140349.jpg←クリックで拡大画像になります
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藤本正行著「武田信玄像の謎」を読もうと思い、ページをめくっていて見~っけ♪
信長の肖像画!右は、誰もが知っているお馴染みの絵ですよね。
左のは初めて見ました。絵の下の解説文が読みずらいと思いますので、書き出します。

公家の近衛前久が、信長の七回忌にあわせて作成した。容貌、風俗とも信頼できる信長像で、萌黄色の肩衣と白地の小袖に桐紋が描かれている。原本は京都市報恩寺に所蔵されている(東京都国立博物館所蔵)

右も信頼できる信長像だということ。2枚とも信頼できるそうな・・・・
でもねぇ、私の目には、同じ人物に見えない(笑)。
どちらが信長さんに近いのでしょうね。

そうそう、思い出した( ^ω^)
昔、テレフォンサービスで、信長の声(もちろん再現)を聞いたことがあります・・・ケケッ



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14:46  |  歴史  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2007.05/27(Sun)

空虚なる御陣

20070527110858.jpg 20070527110913.jpg


この2冊、秀吉による朝鮮侵略を考証したもの。当然、秀吉に対する批判満載!

特に上垣外先生は手厳しく、秀吉は漢字も読めない無教養な狂人であったとしている。
比較文化を専門とされている方なので、秀吉の無知ぶりは、目に余るものがあるのだろう。
日本軍が朝鮮半島で行った、虐殺・放火・略奪の被害を知れば、悲惨さを痛感する。
大義名分のない侵略戦争を行った秀吉への憤りも強く感じる。
一方、この時代、ポルトガルやスペインの征服事業を見れば、流れとして
秀吉が、他国への侵略(許されることでなないが)を思いついたことも、わからないではない。
しかし、秀吉の動機は、相当な誇大妄想だ。
太陽神の子であると言いたて、天皇と同じく神的な権威の所有者であると自らを豪語している。
自分が太陽の子である以上、全世界は秀吉を太陽と拝め、
支配者として尊ばならぬという一方的な論理をふりかざすようになった。

秀吉は、中国を中心とした東アジアの国際秩序に対する反発をもっていたのだ。
また、上垣外先生は、こうも考察している。
秀吉は軍事指揮官として諸将に対する時のみ、強力な指導力を行使することができる。
朝鮮出兵は、対外戦争という異常に緊張した状況の中、独裁的な力を発揮することで
自己の政権をより強固にしようと目論んだと。

藤木氏も、同様の見解を示している。
ただ、こちらの本は、日本軍・日本民衆の悲劇についても書かれている。
日本軍は、動員令によって集められた一般民衆(武士身分でない人々)が
全体の3分の2に達していたという。
農民のうちから、人夫として徴発した人々が、戦陣にかりだされたのだ。
これらの人々は、朝鮮の地において、すさまじい飢餓線上をさまよう苦境に追い込まれる。
そして、日本では、動員をまぬがれようとする農民が逃亡し、農村が崩壊していく。
皆が絶望していたのだ。たったひとりの男の妄想によって!

太閤検地も、秀吉の侵略戦争の準備として実施された。
農民から年貢を搾り取り、中央権力が領主から軍役をとる基準として
つまり、統一権力が全領主階級を編成し、全農民を搾取することが目的だった。

秀吉による天下統一とは、なんだったのだろう?
天下を取るという発想をした信長は、卓越した能力を発揮した思う。
天下泰平の世を実現した家康は、優れた統治能力を持っていた。
秀吉の時代がなく、信長から家康へと権力が移行していたらと思わざるをえない。



14:25  |  歴史  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2007.05/24(Thu)

海賊の掟

20070524105259.jpg


本書は、大きく分けて3つの要素で構成されています。

①現代の海賊事情
②海賊の成立と歴史
③日本の海賊

戦国時代の水軍についても、要点をわかりやすく解説しています。
フック船長から村上武吉まで網羅してるなんて(★^ω^)ニッコリ★
一粒で2度も3度もおいしい~

冒頭、2005年に起こった「韋駄天」事件を挙げています。
マラッカ海域で、日本船籍のタグボート「韋駄天」が、海賊に襲われ
日本人の船長・機関長とフィリピン人の機関士が誘拐された事件。
あのときは驚いたぁ・・・というよりも興奮しましたよ!!
折りしも、パイレーツ・オブ・カリビアンのDVDを繰り返し見ていた時期ですからね。
オ~、海賊がいるよー(◎皿◎)ナンデスト!!

人をさらって物を奪う そんなこたぁ、朝飯前 さあ、仲間たち 酒を飲み干そう。
ヨーホー ヨーホー それが気ままな海賊暮らし~

幼い頃のエリザベスが、歌ってましたよねー。
地上の世界からはじき出され、生死をかけて海に出る海賊たち。
ラム酒をあびるように飲むことが、唯一の楽しみ・・・

しかし、自由気ままな海賊たちにも、掟はあったのです。
無法者の集まりであるはずの海賊たちは、自らの生活規範を定め、掟と遵守していたそうな。
海賊の掟は、共同生活をするために最低限必要な約束事であり
意外に民主的なものだったようです。
分け前の分配の明確化、火の取り扱い、けがをした場合の補償などを定めています。
掟を破ったものは、小火器一丁および弾丸を与えて孤島に置き去りにされたのですって。
ジャックは、何度も置き去りにされてましたね(笑)。

そうそう、映画で出てくる「トルトゥーガ島」。これも実在の島で、悪の巣窟と呼ばれ
真っ当な船乗りたちから恐れられた海賊の島だったそうです。
「ポート・ロイヤル」も海賊の集まる町でした。

日本の海賊も、その歴史は古く、歴史書に海賊に関する記事がはじめて登場したのは
「続日本紀」の天平二年(730)の項目です。
最初に海賊集団を組織化したのは、平安中期、瀬戸内海を中心に活動した藤原純友。
この方、藤原家の本流、北家の出だそうです・・・キャハッ

戦国時代、水軍として活躍した海賊たちにも、落日のときが訪れます。
秀吉が、天正16年(1588)、海賊停止令を発布しやがった(`皿´)ウゼー




12:32  |  歴史  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2007.05/18(Fri)

わ~い☆

今日は、犬どものシャンプー日。


小汚くなったピー&リリーを病院へ連れて行きました。


待ち時間を利用して、本屋へGO!


藤本正行著「武田信玄像の謎」・今谷明著「戦国期の室町幕府」を購入。


それと山田吉彦著「海賊の掟」とROADSHOW6月号もゲット。


もうじき、パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンドが公開されますものね♪


せっかちな私は、公開初日に見に行くのですよー


既に座席は予約済み221


奮発して、デラックス・シートをとりました(〃^∇^)o_彡☆ァハハハッ!!


来週は、「主人公は僕だった」も観に行きま~す。


 


パイレーツの公開までに「海賊の掟」を読まなきゃ217


それにしても、読みたい本がありすぎ356


今は、藤木久志著「天下統一と朝鮮侵略」を読んでいます。


前半の信長と一向宗の対決についての考察を読み終えました。


後半は、豊臣政権の実像について書かれています。


暇そうにみえて、案外、忙しい私(≧▽≦)


 


 


15:35  |  一般  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2007.05/14(Mon)

疲れた~

web本棚をつくりました!


疲れましたよー


なんだか情けない。これぐらいで根をあげるなんて!


年のせいかしらん?それとも、せっかちだからかなぁ。


とりあえず、武田関連と信長関連を陳列。


武田関連は他にもあるのですが、今日はこれが限界ダス。


これから順次、増やしていこうと思っています。


誰にたのまれたわけでもなく、好きでやったこととはいえ・・・・


あ~あ、精神力のないわたし( ´-`)


PS:本棚はリンクしました



 


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