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2009.04/11(Sat)

青梅の映画看板

桜も散り始めた頃に梅見物の話をする、どこかズレている私です(笑)。先月行った青梅の梅まつりについて。青梅市は、その名が示す通り、梅の産地でございます。ここは古くから栄えた宿場でありながら、一歩足を延ばせば豊かな自然に接することができる土地。桜も良いけれど、色とりどりの花が楽しめる梅の方が私は好きです♪平安の頃まで、花と言えば梅だったそうな・・・・。

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青梅のいたるところに梅が植わっておりますが、とりわけ吉野梅里の中にある「梅の公園」には120品種、1500本の梅が山の斜面に花を咲かせ、饗宴を催す様には見とれるばかり。山は春爛漫の香りに包まれていました。

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梅と並ぶ青梅の名物が「映画看板」。市街地の一画にある映画看板群が訪れる者を昭和の時代にいざなってくれます。

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写真だと大きさが伝わりにくいので、我が家のワンコを看板の前に置いてみました^^

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大きいでしょ♪

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紹介しきれないほど、たくさんの看板がありました。それらは全て、職人さんによって描かれたものだそうです。(ちなみに青梅市は東京都です)
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2009.04/01(Wed)

武田騎馬隊なんてなかった?

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わ~い、久しぶりに戦国時代のことが書ける~♪このブログ、いつのまにやら映画ブログのようになっていますが、元々は「戦国&映画&犬」をテーマに始めたものでした。今、喜び勇んで本記事を書いておりまする。眼の調子が悪くなり、医者からパソコンを控えるよう言われてはいますが、戦国のことを書くのは大好き!あまりマニアックなことを書かないようにしなきゃ(笑)。

1989年7月、山梨県甲府市の武田氏居館内から、埋葬された状態で馬の全身骨格が発見されました。上の絵はそれを元に復元された武田軍軍馬の復元画です。馬に注目してくださいまし。どこか変でしょ。馬が小さくないですか?この馬骨の生前の体高は1m20㎝しかありません。しかし、前足の筋肉が発達していたと推定されています。これは重量物を背にして斜面の登り下りをしていた馬の特徴だそうです。当時の日本馬はポニーの部類だったというから驚きです。
*写真と解説は鈴木眞哉著『鉄砲隊と騎馬軍団』を参考にさせていただきました。

著者の鈴木眞哉さんは物事を斜めからしか見ないヒネクレ者(失礼)ですが、こういう人の話は面白い。氏は武田家を含めて、当時の軍隊に騎馬突撃というようなことができたのであろうか?という問題提起をしています。騎馬弓兵(馬上で矢を射かけながら走るヤブサメのようなもの)がいたことは絵巻などによって見ることができるけれども、それと近代騎兵の突撃の光景を重ね合わせてはならないとおっしゃっています。

ポニーのような小形の馬に重い甲冑をつけた武士が乗れば、その馬は重さにたえかねてよろよろと歩くしかできなかったであろう・・・・ということです。NHKの実験によれば、中世の馬と同程度の体高130センチ、体重350キロの馬に体重50キロの乗員と甲冑相当分45キロの砂袋を乗せて走らせた場合、分速150メートル出すのがやっとで、しかも10分ぐらいでへたばってしまったそうな・・・汗。

以下、『鉄砲隊と騎馬軍団』からの抜粋です。
旧陸軍の騎兵に関わる基準では速く走らせるギャロップの場合で分速310メートル、最高では420メートルを要求されていたというから、わが国中世の馬がはるかに劣っていたであろうことは、実験からも容易に推測できる。しかも、柄が小さく速度も出ないわりには気性が荒くて、扱うのが大変だったといわれているが、これは去勢の習慣がなかったことなども関係しているかもしれない。

ということで、当時の馬は険路に耐えうる「輸送力」だったようです。また、戦国時代になると、騎馬兵は戦闘開始に先立ってあらまし下馬する敢行が定着していました。徳川家康も「移動の際は甲冑を脱いでいた」と言っています。(どの本に書いてあったか忘れました)ですから、映画やドラマに出てくる勇猛な騎馬武者は源平の頃までで、戦国時代の騎馬兵の存在は、もはや戦闘の行方を左右するような要素ではなかったということです。

テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

タグ : 戦国時代

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