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2010.05/30(Sun)

デニス・ホッパー死去

ジャック・ニコルソンの盟友デニス・ホッパー氏が29日、前立腺がんの合併症のため、ロサンゼルス近郊の自宅で亡くなりました。享年74。

2012_5_30

写真は今年3月26日、映画の都ハリウッドの殿堂入りを果たし、ハリウッドの目抜き通りで記念の星形プレートを披露する式典に出席したときの模様です。笑顔でファンに手を振るなどしました。転倒して額を負傷したというホッパーは「皆さんからすべてを学んだ。ハリウッドはわたしの家であり学校だ」とスピーチしました。式典にはジャック・ニコルソンら映画界の友人らも駆けつけました。

【デニス・ホッパー氏の略歴】(ジャック・ニコルソンの館より抜粋)

1936年5月17日、カンザス州ドッジ・シティ生まれ。本名はデニス・リー・ホッパー。
18歳の時、芸能界入り。理由なき反抗 (1955) とジャイアンツ (1956)に出演し、ジェームズ・ディーンを知る。彼の死後、長い間ホッパーはジェームズ・ディーンに対する脅迫観念を抱いて生きていた。1950年代から60年代にかけてはテレビ映画やB級映画に出演。この頃のホッパーはクレイジーで混乱しており、何種類ものドラッグを経験し、しばしば厄介事をおこしている。ホッパーは自身の完璧なる反体制的な態度によって常にチャンスを潰していた。そんな彼の転機となった作品が『イージー・ライダー』である。この映画はあたかも彼の自我を蘇らせるかどうかの緊急事態に辛うじて間に合った救急車の様なものだった。映画を通じ、ジャック・ニコルソンとホッパーは撮影以外の時でもつるむほど親交を深めるようになる。『勝利への旅立ち』(1986)で アカデミー賞助演男優賞ノミネートされる。『ウォーターワールド』 (1995)ではゴールデンラズベリー賞最低助演男優賞。

フィルモグラフィー
エレジー (2008)
ランド・オブ・ザ・デッド (2005)
ノックアラウンド・ガイズ (2002)
レオポルド・ブルームへの手紙 (2002)
ビートニク (1999)
スペース・トラッカー (1997) 主演
バスキア(1996)
ウォーターワールド (1995)
サーチ&デストロイ (1995)
スピード (1994)
逃げる天使 (1994) 監督・出演
トゥルー・ロマンス (1993)
レッドロック/裏切りの銃弾 (1992)
インディアン・ランナー (1991)
パリス・トラウト/静かなる狂気(1990)
ハートに火をつけて(1989) 監督・出演
ピックアップ・アーチスト (1987)
アメリカン・ウェイ (1986)
勝利への旅立ち(1986)
ブルーベルベット (1986)
悪魔のいけにえ2 (1986)
ランブルフィッシュ(1983)
アウト・オブ・ブルー(1980)監督・出演 日本未公開
地獄の黙示録 (1979)
アメリカの友人 (1977)
ラストムービー(1971)監督
イージー・ライダー (1969) 監督、ジャック・ニコルソン出演
白昼の幻想 (1967) ジャック・ニコルソン脚本
暴力脱獄 (1967)
OK牧場の決斗 (1957)
ジャイアンツ (1956)
理由なき反抗 (1955)

謹んでご冥福をお祈りいたします。
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タグ : ジャック・ニコルソン デニス・ホッパー

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