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2010.07/31(Sat)

死刑台のメロディ

市民たちの寝静まったボストンの街を警察の車が走っている。武装した警官の群れは音を殺して配置につく。笛の音を合図に警官たちは、一つの建物に向って走り出した。窓ガラスを破り、ドアを蹴って中に飛び込む。そこは「イタリア人労働事務所」。壁のレーニンやマルクスの肖像画が無残にはぎ取られ瓦礫と化す。人々は殴られ、こずかれ、外に引きずり出される。

新聞の見出しが躍る。「パーマー法務長官 共産主義政策を阻止」「米政府大混乱」「ボストンなどで急進派根絶」「米国にボルシェヴィキ革命は無用」「パーマーのヒステリー裁定民主主義への脅威」「偏狭なる米国 1920」

本作はアメリカの恥部を露呈した「サッコとバンゼッティ事件」を映画化したものである。サッコとバンゼッティの母国、イタリアによって作られた。だが、彼らに対する鎮魂歌といったヤワな姿勢の映画ではない。イタリアの怒りが生み出した傑作だ。

Sacco_and_Vanzetti_1.jpg

靴職人のニコラ・サッコ(リカルド・クッチョーラ)と魚行商人のバルトロメオ・バンゼッティ(ジャン・マリア・ヴォロンテ)は平凡な生活を営んでいたが、ある日突然、現金強奪事件の犯人として告訴される。7年以上にわたって無罪を叫び続けたにもかかわらず、死刑に処された。この不当な裁きの裏にはイタリア移民で、アナーキストであったふたりへの偏見と差別があった。これだけでも、十分主題となるが、映画はさらに徴兵問題にまで言及している。サッコは裁判で訴える。「戦争はごめんだ。我々はなぜ殺し合う?」

サッコとバンゼッティの事件は世界中から注目され、抗議の輪が広がっていった。彼らは英雄ではない。ただ、自由の国アメリカに渡って、真面目にコツコツと働いていただけである。しかし、働いても働いても暮らしは楽にはならない。彼らが夢見ていた生活をアメリカは与えてくれなかった。白人の中の下層民、イタリア移民への差別が仕事を限定したのだろうか。そんなアメリカのために戦争へ行くのはイヤだと思うのも無理からぬことだ。祖国より、はるかに自由であるということから、徴兵反対のグループに入ったにすぎない。

ただそれだけなのに、サッコとバンゼッティは、現金強盗殺人の罪を着せられてしまう。裁判で、身をよじらせ泣き叫び無実を訴えても、判定は覆らない。なぜなら、彼らは生けにえに選ばれた人物だからだ。社会運動なんぞに足をつっこむと、こういう目に遭いますよ・・・という見せしめとして、サッコとバンゼッイは殺された。

獄中の二人は、普通の労働者から徐々に真の思想家へと変貌していく。
サッコの遺書。「息子よ  彼らは我々の体を焼くが 我々の信念は焼きつくせない それは若者に受け継がれる お前のような若者に 覚えておけ 幸福は一人占めするな 迫害される人に手を貸せ」やり切れない。権力の恐ろしさも痛感する。骨太な手法でアメリカの病巣を描き出した力作だ。

ジャック・ニコルソンの館『死刑台のメロディ』から
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テーマ : 色あせない名作 - ジャンル : 映画

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2010.07/03(Sat)

ディア・ハンター

切ないギターの調べで映画は始まる。音楽が終わると、それまでの静けさを破るように、1台のトラックがディーゼルエンジンの音をとどろかせて走ってくる。アメリカ、ペンシルベニア州クレアトンの夜明け。鉄鋼の町の朝は早い。画面には溶鉱炉に働く男たちが写し出される。マイケル(ロバート・デ・ニーロ)、ニック(クリストファー・ウォーケン)、スティーブン(ジョン・サヴェージ)は同じ鉄鋼所に勤めるロシア正教の信徒であり、週末には山へ鹿狩りに行く仲間だ。クレアトンはスラブ系移民の町なのだろう。反共の戦いであるベトナム戦争に駆り出されたロシア系の男たちがロシアン・ルーレットを強要されるという設定が登場人物たちの悲劇性を強めているように思う。本作が公開された時、オフコースの小田和正さんがラジオで大絶賛していたので観に行った。秀作に違いないが、秀作然としているところが若干鼻につく(笑)。

deerhunter.png

3時間の映画は、前半のクレアトンの日常、中盤のベトナム戦争、後半の戦争の傷跡の3つのパートに分かれている。前半の見せ場は乱痴気騒ぎの結婚式だ。同じ結婚式でも『ゴッドファーザー』のような大らかさや明るさはない。どこか寒々しいのは、ベトナム戦争の影を感じるからであろう。花嫁の純白のドレスに落ちた、赤いワインのしずくがベトナムの血を暗示している。新郎を含めた青年たちが戦火のベトナムへ出て行った時から、彼らの人生の歯車は狂い始める。

映画は突然、ベトナムのジャングルに飛ぶ。ベトコンが村人たちが隠れている壕の中に手榴弾を投げ込み、赤ん坊を抱いた女を銃で撃ち殺す。解放軍はこんなむごいことをやったのだろうか。この後も、映画はベトコンの残虐さを描き続ける。捕虜となったマイケル(ロバート・デ・ニーロ)たちをロシアン・ルーレットの賭けの材料にするのだ。ベトコンは捕虜を水につけ、二人一組で床に引きずりあげ、一発だけ弾丸の入った回転式銃の引き金を引かせる。じわじわと迫る恐怖、画面から目をそらすことができない。鹿狩りでマイケルがこだわっていた「鹿は一発で仕留める」はロシアン・ルーレットの一発か、敵を倒す一発か、ニックとの対戦の一発か・・・いずれにせよ、重い一発である。マイケルらは脱出し死は免れたものの、ニック(クリストファー・ウォーケン)とスティーブン(ジョン・サヴェージ)にとって、この試練はあまりにも過酷であった。ニックは精神に異常をきたし、スティーブンは半身不随となる。

故郷に戻ったマイケルはもうかつてのマイケルではなかった。鹿狩りに出ても鹿を一発で仕留めようとはしない。沈黙は以前のままだが、瞳の奥にやるせなさをたたえている。彼の視線はベトナムに向けらたままだ。帰ってこないニック(クリストファー・ウォーケン)への思いを断ち切れないマイケルは再びベトナムに赴く。そしてロシアン・ルーレットの賭博場で変わり果てたニックと再会する。出征前、ニックはマイケルに「おれの身に何がおきても、どうか置き去りにしないでくれ、見捨てないでくれ」と言った。その約束を果たすことになる一発の引き金を引いたのはニックだった。結婚式で始まった映画は葬式で終わる。ラストの『ゴッド・ブレス・アメリカ』の合唱がなんとも空しい。

テーマ : 色あせない名作 - ジャンル : 映画

タグ : 70年代の映画

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