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2010.10/09(Sat)

わらの犬

strawdogs.jpg

オープニング。不協和音のようにも聞こえる鐘の音と境界線が不鮮明な映像。カメラが捉えた被写体は白い犬と、その周りで遊ぶ子供たち。平和の象徴を映していても、不穏な空気がそれらを包んでいる。街の喧騒の中、一人の青年が白いセーターの女に声をかけた。セーターの下には何も着けていない。周囲の男たちの目線は女の胸に注がれている。青年の名はデビッド(ダスティン・ホフマン)、白いセーターの女は妻である。デビッドは暴力が横行するアメリカから、妻エミー(スーザン・ジョージ)の故郷のイギリスへ越してきた数学者だ。二人が周囲から浮き上がった存在であることが暗に示されている。

デビッド夫妻は村の農家に移り住むと、まず納屋の修理を職人たちに依頼した。その中にエミーのかつての恋人ベナー(デル・ヘナー)がいたことが夫婦の平穏な生活に影を落とす。デビッド(ダスティン・ホフマン)は、のどかな村にも暴力は潜んでいることを知ったばかりでなく、その狂気の中に巻き込まれてしまう。あれだけ暴力を嫌っていた男が凄まじい暴力をふるうに至る過程が生々しい。妙に説得力があるのだ。暴力を描かせたらサム・ペキンパーの右に出る者はいないだろう。本作の暴力シーンは凄まじい。数学者という理性的な職業に就く平和主義者の怒りの沸点は高く設定されているが、いざ爆発した時の破壊力は底知れぬものがある。

デビットの行動は正当防衛なのだろう。そのためには手段を選ばないのがアメリカ人気質なのか・・・。アメリカというのがどういう精神とその精神の歴史でもって成立しているかということは、我々日本人には理解しにくい部分もあるが、彼らは正義という大義名分があれば戦う。何よりも臆病であるまいとする。そうして神の名のもとに殺戮は繰り返されてきたのだ。

本作で死闘を演じるのは平和を好む数学者と朴とつな村人である。兵士やマフィア、刑事やスパイたちといった闘争のプロではないところが面白い。追いつめられた普通の人間が非情な殺戮者へと変貌する。ペキンパー監督は暴力には暴力で立ち向かうしかないということを焼き付けていく。クライマックスには『ワイルドバンチ』同様、スローモーションが効果的に使われている。全てが終わった時、デビットはかすかに微笑む。それは安堵か達成感か・・・。深層心理を浮かびあがらせ映画は幕を閉じる。

ジャック・ニコルソンの館『わらの犬』から
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タグ : 映画感想

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