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2011.12/28(Wed)

聯合艦隊司令長官 山本五十六 ―太平洋戦争70年目の真実―

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原作は半藤 一利著『山本五十六』。私は阿川 弘之著『山本五十六』は読んでいるが、半藤さんのは未読である。原作ではどのような五十六が登場するのだろう?映画の中の五十六(役所広司)は、私が思っている人とは違っていた。『連合艦隊司令長官 山本五十六』(1968年)で、三船敏郎さんが演じた「茶目っ気があるキリリとした司令長官」の方が、しっくりくる。(実際のところは知らないが)

本作の五十六は感情を表さない温厚で思慮深い軍人として描かれている。だからだろう、山本が日米開戦を前にして近衛首相に語った「それは、是非やれと言われれば一年や二年はずいぶん暴れてご覧にいれます。しかし、二年、三年になっては、全く確信は持てません。」という有名な言葉は出てこなかった。

賭けごと、勝負ごとが好きで、将棋・マージャン・玉突き・トランプ・ルーレット等なんでもござれだった部分も弱められていた。そこには真珠湾攻撃を「一か八か」の博打作戦と取られたくないという製作者の意図が見える。山本五十六が開戦に反対していたことは確かだが、鍛えに鍛えた力を一度は試してみたいという軍人特有の心理が多少とも心の中に働いたのではなかろうか。戦争の火ぶたを切った人間を、聖人視すのはどうかと思う。

しかし、真珠湾攻撃を失敗と捉え、先の戦争を反省する姿勢には好感が持てた。脚本が「亡国のイージス」や「真夏のオリオン」など、幼稚な(←スミマセン)戦争ものを書く長谷川康夫なので、一抹の不安があったが、地に足のついたストーリー展開となっている。特撮技術も高いように感じた。

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映画は三国同盟(日本、ドイツ、イタリア)を主張する陸軍と、これに反対する「海軍三羽烏」・・・米内光政(柄本明)、山本五十六、井上成美(柳葉敏郎)との対立を浮き彫りにしている。冒頭、近衛兵が海軍省に銃口を向けるシーンが印象的だ。同じ国の軍隊なのに、陸軍と海軍では気風が違っていた。もともと陸軍は、明治以来、ロシアを北方からの驚異とし、作戦目標を対ソ戦に絞り、これと戦って驚異を排除することを陸軍の本義と考えていた。これに対し海軍は、アメリカを最大の仮想敵国と考えていたのだ。独伊と日本が軍事同盟を結べば、対米英戦争に巻き込まれる。山本らは資源を持たず、国力・生産力・技術力の貧弱な日本が、長期戦になること必至の戦争に巻き込まれることは絶対に避けなければならないと主張した。が、御前会議にて同盟の締結、対米開戦が決定される。

戦うからには勝たねばならない。五十六の戦略は、次々と先手をとってアメリカの心臓部に攻撃を加えて主導権を握り、アメリカの戦意を失わせて有利な和平を結ぶというものである。こうして真珠湾の奇襲攻撃が行われた。宣戦布告もなく・・・。宣戦布告は外務省のミスにより、攻撃開始の約1時間後となってしまったのだ。アメリカ国民は怒った。ルーズベルト大統領の「だまし討ち」「リメンバー・パール・ハーバー」というラジオ演説にアメリカ国民が団結し、その士気を高めたという逆の結果が出てしまう。

作戦そのものも、中途半端だった。真珠湾攻撃が予想外の大成功を収めても、第一航空隊司令官南雲中将(中原丈雄)は第二撃をかけず、高速で避退した。山口多門第二航空隊司令官(阿部寛)がつぶやく。「南雲さんはやらないよ」・・・一方、電報で南雲の反転を知った幕僚たちが、第二撃を命じてくださいと言いたてたのに対し、五十六は「泥棒でも帰りは怖いよ」とつぶやき作戦室から出てゆく。ずいぶん、淡泊な人だなぁ。これはミスショットでしょ。同じ台詞でも、吐き捨てるような言いまわしにすれば、緊迫感が伝わってきただろうに。それはさておくとしても、作戦の実施に当たって反目する南雲中将にやらせたのがよくなかった。ミッドウェーでも南雲中将の判断ミスで日本は多大な犠牲を出してしまう。もし、五十六が日本海海戦の東郷平八郎のように陣頭に出て作戦を実施していれば、違う結果になったであろう。

作戦失敗にうなだれる南雲中将に、五十六が茶づけを進める場面には胸がつまった。哀しみを分かち合うときに、光を放つ人間味を見たからだ。なぜ、五十六が愛惜されたのか、その答えを見出せるシーンだった。そして思う。五十六が真珠湾攻撃に熱意を燃やしたことと、戦争に反対したことを、矛盾なく理解できる人は少ないのではないだろうか。。。真珠湾攻撃から70年。なぜ、戦争しなければいけなかったのだろう?私にはよくわからない。

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タグ : 映画感想

09:30  |  映画  |  TB(0)  |  CM(6)  |  EDIT  |  Top↑

2011.12/18(Sun)

月の出

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これ、何だと思います?水平線から現れた直後の月ですよ。

先週の日曜日、三浦半島の観音崎へ月の出を観に行きました。

月の出直後は、真っ赤で、ものすごく大きいんです。息をのむ美しさでした。 

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月は白く小さく姿を変えながら昇ってきます。

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青白い月に照らされて進む船、海面の月明かり・・・幻想的でした

16:30  |  ワンコとお出かけ  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.12/15(Thu)

冬の花火

皆既月食の夜、真鶴岬で開催された花火大会へ行ってきました。

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真鶴漁港

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冬の花火は幻想の世界を作り出し、それはそれは綺麗です。

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月と花火

家に帰ってから皆既月食を。赤銅色の月に感動しました!ず~と、見ていたら、首が痛くなっちゃった
10:52  |  ワンコとお出かけ  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2011.12/14(Wed)

旅順艦隊

『二百三高地』をBSにて再見した。感想は過去に書いているので省略します。
エンドロールに「瀬島 龍三」「原四朗」「千早正隆」の名前があった。瀬島さんは大本営作戦参謀だった人、後のふたりも元軍人。だからかぁ・・・作りがしっかりしている。(ドラマ『坂の上の雲』の二百三高地の描写は映画とそっくりでしたね)

話変わって・・・
『徹底検証 日清・日露戦争』を読んだ。明治期の陸・海軍、歴史に精通した学者と作家の対談をまとめた本である。メンバーは「坂の上の雲」の陸軍軍事考証を行った原剛氏、「日本のいちばん長い日」の原作者の半藤 一利氏、元日本大学教授の秦 郁彦氏、麗澤大学比較文明文化研究センター所長の松本 健一氏、大和ミュージアム館長の戸高 一成氏。

二百三高地の死闘について、大変興味深い記述があった。第三次総攻撃の二百三高地戦では、約一週間の激戦で日本軍の死傷者は約一万六千人におよぶ。海軍にせっつかれて攻撃を加えた二百三高地だが、終わってみなければわからなかったことはいえ、その前にロシアの旅順艦隊は事実上、つぶれていたそうだ。二十八サンチ榴弾砲十八門による砲撃で、九月下旬から十月中旬までの間に、旅順艦隊の残存艦五隻が大破していた。ロシア鑑は火災による爆発を防ぐため、弾薬、火薬を各艦から撤去し、大砲は陸上要塞砲に転用していた。つまり、消滅も同然だったことになる。

二百三高地を占領して、二十八サンチ榴弾をどんどん港に撃ち込んで旅順艦隊を次々に撃沈したという話は、事実とは違うんです。占領前、山越えで撃ったのが、軍艦に命中したということ。だから、海軍は全力で旅順口を封鎖し続けなくてもよかった?まぁ、今、それを言うのは無粋ですな。来週の『日本海海戦』を楽しみにしています。沈殿している日本に喝!

16:05  |  日露戦争  |  TB(0)  |  CM(6)  |  EDIT  |  Top↑

2011.12/01(Thu)

楢山節考

今村昌平監督版(1983)は観ているが、木下恵介監督の1958年版は観たことがなかった。圧倒された。

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冒頭、歌舞伎の黒衣のような者がことわりを言う。「姥捨ての伝説より楢山節考・・・」続いて、虚構であることを強調するかのような、舞台風セットが現れる。その下手から東野 英治郎が姿を出し、ひたすら歩く。遠くの山々は明らかに絵だとわかる。バックに流れる長唄も芝居感を強める要素のひとつ。ただ、セットをつなげることにより、山あり谷ありの風景が動きをもって目に入ってくる。

楢山は村人の信仰の対象となっている。村では数え年70になる住人は、息子に背負われ楢山に入り、そのまま置き去りにされ死ぬ。村は非常に貧しく、年老いた者にまわせる食べ物がないからだ。楢山へ行くことを極楽詣りと思うには、相当な覚悟が必要であろう。

正月が来ると70になるおりん(田中絹代)は、その日を待ちわびていた。おりんは死を恐れるどころか、むしろ長く生きることを恥じている。信心深いというよりは、家族を思う一心だと思う。おりんは貧乏や禍から目をそらせるのではなく、それらを日々しっかりと見据えている。そうすれば、死をいたづらに恐れおののく態度は消えて、死を受け入れることが容易になるのだろうか。

おりんの村は哀しい。右を見ても左を見ても、不幸な人々がうめき声をあげている修羅場である。おりんも、その中にあって、不幸に身を染めているかのように見える。だが、たった一つだけ、かけがえのない宝が与えられていると思えてならない。「死ぬことがあまり怖くない」ということだ。おりんは進んで楢山詣りへ行く。「自分の望んでいることがかなえられること」が彼女の幸せなのだとしたら、ラスト、生き仏のように佇む姿も納得できる。

雪降る中、息子に背負われて山へ入っていくシーンでは、田中絹代さんの台詞はない。言葉では表現できない静謐さが、身ぶりや表情の一つ一つに漂っている。田中絹代は大した役者だと改めて思った。

タグ : 映画感想

14:45  |  映画  |  TB(2)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑
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