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2012.06/19(Tue)

宗方姉妹

小津監督が松竹を離れて、新東宝で撮った作品。原作は朝日新聞に連載された大仏次郎の長編小説である。小津さんのトーキー映画は、DVD化されていない『淑女は何を忘れたか』を除いて全て観たが、本作は群を抜いて面白くない(汗)。『晩春』と『麦秋』に挟まれた時期に作られた作品なのだから、スランプに陥っていたとは考えられない。新聞連載小説の映画化がいけなかったのだろうか。

情景ショットで映画の幕があく。五重の塔は東寺だろうか・・・。舞台は京都、大学(京都大学か?)の医学部の教室で講義を行っている教授(斎藤達雄)が、自分の友人の症状を学生に説明している。教授の話に笑いがおこる。末期の胃がん患者の話のどこが可笑しいのだろう。胃がんを患っているのが、宗方忠親(笠智衆)で、彼は病気療養のため、京都の寺に逗留している。症状が悪化したため、教授は宗方の娘の節子(田中絹代)と満里子(高峰秀子)を東京から呼び寄せた。節子には失業中の夫(山村聡)がいる。古風な姉は陰気な夫の冷たい仕打ちに耐え偲び、現代的な妹は思ったことを口と態度に出している。対象的な姉と妹、これに、節子の昔の恋人(上原謙)が絡んで・・・というストーリーである。

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姉が古風な女であることを印象づけるために、とってつけたように奈良の寺詣りシーンが挿入されている。この時の田中絹代さんは、溝口作品のヒロインのように振る舞う。これに対し、妹の満里子は神戸の元町というハイカラな街で輝きをみせる。京都、奈良、神戸とめまぐるしく場所が移動するが、それぞれの場所は独立して描かれており、ストーリーの繋がりが悪く、散漫な印象はぬぐえない。よくわからぬまま、舞台は東京へ移る。これによって、笠さんは作品から切り離される。本作は小津さんが得意とする父と娘の情愛ではなく、夫婦の間の複雑な心理を描いているのだから、笠さんの早々の退場は仕方がない。

本作の登場人物たちは、信念に基づき行動し、ストーレートに自分の意見を述べる。姉は妹に言う。「私は古くならないことが新しいことだと思うの。本当に新しいことはいつまでたっても古くならないことだと思ってるのよ。」んっ?わかるようなわからないような。。。小津さんは、ものをあまり言わせず、対象が自然に表すものを、そこはかとなく演出する人だけに、この台詞は不自然に感じた。

さらに、小津作品には珍しい移動ショットまで出てくる。カメラは並んで歩く田中絹代さんと上原謙さんに寄り添い進む。これは成瀬映画か!とツッコミたくなった(苦笑)。バックに流れる音楽はうるさいし・・・。高峰さんは、弁士さながらに語り、突然歌い出す。極めつけは山村聡さんの暴力シーンだ!田中さんを何度も平手打ちする!田中さんは『風の中の雌鶏』では、佐野周二さんに階段から突き落とされていたっけ。

以上、つらつらと書いてしまった(汗)。小説のリアリズムと映画のリアリズムは、基点を一にしていても、それぞれの形式を通じて表現された実体は、別物になるのかもしれない。

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タグ : 小津安二郎

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