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2012.08/28(Tue)

るろうに剣心

ストーリー:幕末から明治になり、かつて「人斬(き)り抜刀斎」として恐れられた剣客・緋村剣心(佐藤健)は「不殺(ころさず)」の誓いのもと流浪人となっていた。流浪の旅の途中、剣心は神谷道場の師範代・薫(武井咲)を助けたことから、薫のところで居候することに。一方、街では「抜刀斎」を名乗る人物による人斬(き)り事件が発生しており……。(映画comより)

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監督は『龍馬伝』を演出した大友啓史。主にテレビドラマ畑を歩いてきた人らしい。しょっぱなから話がそれるが、大河ドラマの『平清盛』の視聴率が悪いそうな・・・。なんでだろう?フィクションとはいえ、荒唐無稽すぎる『篤姫』や『江〜姫たちの戦国〜』などに比べたら、ずっと、良質な歴史ドラマだと思うけどなぁ。公家から武士へと政権が移る過程を描いた意欲作だと私は思う。本作は『龍馬伝』で人斬り以蔵を演じた佐藤健さんが主演を務め、岩崎弥太郎役の香川照之さんと後藤象二郎役の青木崇高さんも出演している。

久々の映画館。てっきり、佐藤健くん目当ての女性客ばかりと思っていたら、若い男性の姿が多く見受けられた。家に帰って調べると、原作は週刊少年ジャンプに連載されていたコミックだそうだ。なるほど・・・と納得した次第。例によって、予備知識ゼロ、テレビの宣伝に踊らされて行ったものだから、時代が明治ということさえ知らず面食らった。だってポスターには、袴姿で刀をさした健くんがいたでしょ。廃刀令はどうした?と、突っ込みたくなった。タイトルは『るろうの剣士』だと思い込んでいたし(汗)。流浪の剣士の道場破り物語じゃなかったんだ いかんぞ!私!!

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序盤、中盤と、アニメチックな展開に違和感を覚えつつも、佐藤健くんの可愛い笑顔を見て、にんまりスクリーンを眺めていた。時代考証なんてどうでもいい。女優、俳優の衣裳が綺麗だなぁとか、音楽が画面に溶け込んでいるなぁとか・・・思いながら、ことの成り行きを見守った。まっ、一番の興味は佐藤健くんの顔なんだけど(笑)。原作ファンはどう思って観ていたのかな?コミックの世界感を大切に映像を紡ぎ出しているように感じたが。逆に言えば、原作を知らなかったり、出演者の中にお気に入りがいない人にとっては、感情移入するのが難しい類の映画かもしれない。しかし、絢爛たるアクションシーンにダイナミズムを感じた人は多いのではなかろうか。

見せ場のタテは斬新だった。接写による細かいカットの連続はコミック的な見せ方である。こういう場合、スローモーションで動きを際立たせてることも出来るのだろうが、カメラはキビキビと俳優の動きを追い、補足を加えない。ワンシーン・ワンショットの溝口健二監督が見たら、眉間にしわを寄せるだろうな(笑)。クライマックスの決闘シーンは見ごたえ十分。佐藤健くんの目力にクラクラ♪普段は優しくて、ここぞという時に猛々しくなる男って、女から見れば理想的だ。暑苦しい日が続く中、さわやかな青年の演技に、ちょっぴり秋気分を味わえたかな
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タグ : 大友啓史

09:35  |  映画  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2012.08/23(Thu)

ぼくのエリ 200歳の少女

音も色も排除したオープニング・クレジット。小さな文字でキャストとスタッフが綴られていく。沈黙を破るのは、暗闇に舞う雪の音。はて?雪はしんしんと降るものだから、キラメキの粒はみぞれかもしれない。画面には、アパートと雪の積もった中庭が映し出され、そこに声が重なる。「豚みたいに泣け、泣いてみろ」雪景色にオーバーラップで現れた少年が、声の主であろう。中年の男のショットを挟んで、カメラは再び少年を捉えた。先ほどの映像は、中庭を見つめる少年の、窓ガラスに写った姿だったんだ。その手にはナイフが握りしめられている。謎めいた光景が観る者の興味と緊張を高める。

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『ぼくのエリ 200歳の少女』というタイトルは聞いたことがあったが、内容は全く知らなかった。今回、wowowの吹き替え版にて鑑賞。見始めて10分ぐらいして、本作が普通のドラマではないと分かった。なぜなら、猟奇的な殺人シーンに遭遇したからだ。中年の男が若い男を殺した後、遺体を逆さづりし、遺体から流れる血を瓶に集めている。いったいなぜ?殺人者は普通の男で、こんな残忍な行為をするようには見えない。異変を嗅ぎつけ、寄ってきた犬には危害を加えず、現場を後にした。殺人を楽しんでいるのではない!血がほしいのだろう。ここで、本作がヴァンパイアものであることに気付いた。

前述した少年オスカー(カーレ・ヘーデブラント)は母とふたりで暮らしている。学校ではいじめを受けており、友達はいない。傷ついた心は行き場を失い、孤独という闇の世界を漂っている。ある夜のこと、アパートの中庭で少年は不思議な少女と出会う。少年の心を見透かしたように彼女が言った。「友達にはなれないよ、悪いけど」このなにげない台詞の意味することを少年が知るのは、もう少し後になる。少女の名はエリ(リーナ・レアンデション)、永遠の12歳。人の血を吸って生き続けている。

人間とヴァンパイア・・・ともに歩んでいくことなど不可に思われる。しかし、孤独な二人は、次第に心を通わせていく。エリはヴァンパイアではあるけれど、その心には優しい血が通っている。少年にもらったキャンディを、無理して食べるシーンにホロリとさせられた。人間の食べ物など、体が受け付けないと分かっているのに、少年の気分を害してはいけないと思ったのだろう。少年から匂うと言われれば、お風呂に入る。そういう健気な少女なのだ。

最近、ヴァンパイア映画の人気が高いそうな・・・。「トワイライト」シリーズや「ダーク・シャドウ」のヒットが記憶に新しい。どちらもヴァンパイと人間の恋愛をデフォルメして描いている。これに対し、本作はマンガっぽい表現を極力避け、落ち着きと気品の中で、愛が醸成されていく。少女の正体を知った時の、少年の反応が良い。戸惑いながらも受け入れる・・・未完成な心は柔軟に対応できるのだと思った。少女のために血を集めていた中年の男も、遠い昔、少女と恋におちたのではないだろうか。少女と歩むためには人を殺さなくてはいけない。少年の未来をを予言しつつ、映画は幕を閉じる。映像の美しさと柔らかさが心に残る映画。

タグ : トーマス・アルフレッドソン

08:40  |  映画  |  TB(1)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2012.08/19(Sun)

エノケンのちゃっきり金太

エノケンの軽快な唄で映画の幕があく。「さぁ~、お江戸は将軍さまのおひざ元~♪」このリズムは小津監督の『長屋紳士録』の、のぞきからくりと同じだ!独特の拍子が耳に心地よい。唄と絵で登場人物が紹介される。ちゃっきり金太が榎本健一・・・スリのNO1。金太を狙っている岡っ引きの倉吉(中村是好)、飴屋を装っている徳川方のスパイの三次(二村定一)、金太が贔屓にしている居酒屋の亭主(柳田貞一)とその娘・おツウ(市川圭子)、金太を殺したがる薩摩藩士・小原葉太郎(如月寛多)。金太とそれを追う連中の東海道・珍道中のいざ始まり~。

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1868年、幕末の江戸に、錦の旗を掲げて薩長が入ってきた。その中には官軍面して、江戸の人々を困らす傍若無人のヤカラもいた。金太は彼らの懐から財布をスルが、お金と一緒に密書があったことで、薩摩藩士に追いかけられる羽目に。これに岡っ引きの倉吉が加わり、ドタバタ劇が進行していく。喜劇の根本は追っかけにつきる。

江戸っ子の金太はキップがいい。宵越しの金は持たない主義のようだ(笑)。凄腕なのだから、地道に(?)に稼げば、楽な生活ができるのに、博打に興じてスッカラカン(汗)。エノケン演じる金太の小気味良い動きが映画に躍動感を生みだす。

今は昔と比べ、スリが減ったなぁ。あれは特殊技能がいるから(←不謹慎発言)、小さい頃から修行しなくてはいけないんじゃないかしら?最近は、オレオレ詐欺やひったくりなどが主流のようで・・・。どちらも犯罪だけれど、スリの方が愛嬌がある?飴屋も消滅してしまった仕事だ。昔はチンドン屋さんがいて、子供たちはその後をついて歩いていたっけ。金魚屋とか、ロバのパン屋とか、夜鳴きそば屋とか、押し売りとか(汗)・・・今は姿を消してしまった。

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薩摩の連中に追われ、江戸を後にした金太は、色々あって(笑)岡っ引きの倉吉と道中をともにすることになる。幕末版ロード・ムービーかな。歌も随所に出てくるから、ミュージカルっぽくもある。軽快な動きは舞台劇との融合か。とにかく、様々な要素が詰め込まれた楽しい活劇だ。登場人物が走る、走る。金太を乗せて籠カキが走る、倉吉の籠が走って追いかけてくる、金太が籠から飛び降り走る、倉吉もカゴを降りて走る・・・この走りなら、オリンピックのマラソンのメダルが狙える?旅籠では薩摩藩士も走る(笑)部分的にコマを早送りしているのだろう。典型的なドタバタ喜劇が心をほぐす。なんたって、オリンピック観戦で緊張が続いていたものですから(笑)。上野の決戦に向う官軍に紛れ込んだ金太と倉吉の姿が笑いをさらに盛り上げる。ただ、残念なことに、NHKで放送されたのは、『ちゃっきり金太』の総集編である。もともとは前編が一時間三分、後篇が一時間九分、合わせて二時間十二分の作品だったそうだ。ばっさりと切られてしまったギャグは、フィルムに残っていない。とても残念に思う。

時は流れて明治二十年。相も変わらずの金太と倉吉がいた。金太はスリに、倉吉は巡査になって、東京ライフを満喫?(笑)めでたし、めでたし。余談ながら、黒澤明監督が『ちゃっきり金太』のセカンド助監督に就いている。

タグ : 山本嘉次郎

14:45  |  映画  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

2012.08/15(Wed)

血と砂

ネタバレしてます。未見の方はスルーしてください!

昭和二十年夏、北支戦線の乾いた大地。砂煙をあげ、少年兵たちが「聖者が町にやってくる」の軽快な音楽をかき鳴らし、躍るように歩いている。トロンボーン、フルート、大太鼓、小太鼓、シンバル、サックスらから編成された軍学隊だ。皆、若い。それもそのはず、音楽学校を出たばかりのヒヨッコたちである。彼らの前に、馬に乗った男が、地平線の彼方から現れた。少年たちに転属を申し渡した師団司令部人事課の小杉曹長(三船敏郎)だ。軍楽隊のリーダーらしき少年が曹長を睨む。「みんな、ご機嫌ななめだな。俺も貴公ら同様、転属になった。最前線へ島流しだ。どうだ、一緒に行くか?」少年兵は曹長に付いていくしかない。彼らは返答の代わりに楽器を演奏し、ステップを踏みつつ前進を始めた。カメラが少年兵の足下を写す。軽やかで楽しげなのは、まだ地獄を見ていないからだろう。曹長の銃が火を噴いた。ここはゲリラの名所、音を出して歩いてたら、格好の標的になるわなぁ(汗)。

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一行は墓穴を掘っている持田一等兵(伊藤雄之助)と出くわした。通称・葬儀屋、戦地に来て五年間、穴ばかり掘っている。曹長が「この隊に小原という見習い士官がいるだろう?」と聞いたその時、銃声が鳴った。「ゲリラでも銃殺したのか」葬儀屋が答えた。「いえ、その小原見習い士官であります。」小杉曹長の顔色が変わる。曹長は慌て味方の陣地へと馬を飛ばした。曹長の息が乱れているのは、駆けてきたせいだけではないようだ。岡本作品には、時にミステリー色が漂う。「見事だ、額のど真ん中に一発、誰が狙った?」それに答えて一歩前に出たのは、炊事係の七年兵(佐藤允)だった。墓場へと運ばれていく見習い士官の亡骸を、軍楽隊の少年兵たちは明るい音楽で見送る。追悼の曲が「海ゆかば」では寂しすぎる。人生を22、3歳で終えてしまうのは短い。せめて、にぎやかに送ってやりたいと思っての選曲であろう。葬儀屋が土をかぶせながら言った「靖国になんて行くなよ、他の神様にイジメられるから」は、岡本監督のメッセージだが、どういう意味だろう。英霊なんぞになったら、八百万の神々の怒りに触れるということか、それとも、華々しく散った軍神たちからイジメられるということか?いずれにせよ、靖国信仰を批判する台詞である。

銃殺命令を下した佐久間大尉(仲代達矢)を非難する曹長に、大尉は見習い士官が敵前逃亡を謀ったことを伝える。「ヤキバ」と呼ばれる陣地の守備を放棄して逃げた疑いを持たれたのだ。本人は通信機が壊れたので知らせに帰ったと証言したらしい。離脱が全滅の前か後か、証拠はない。あるのは拷問の痕。曹長は戦死扱いにしてくれと頼むが、佐久間大尉はそれを退ける。怒った曹長は大尉を殴り逮捕されてしまう。営倉で軍法会議を待っていると、見習い士官を銃殺した七年兵が、調理場で暴れた罪で、放り込まれてきた。牢には戦闘を拒否して3年間も閉じ込められている元通信兵もいた。さらに、小杉曹長を脱走させようとした葬儀屋も入ってきた。銃殺もやむなしと覚悟を決めた曹長だったが放免となる。これは、曹長を慕う従軍慰安婦の働きかけによるものだった。冷徹そうに見えた大尉が実は、道理の分かる人間だったからということもある。曹長の台詞がイカしてる♪大尉のことを「職業軍人にしては出来が悪い」これ、すなわち、人間としては出来が良いということネ。曹長は敵に奪われた通称「ヤキバ」奪還の命令を受ける。連れていくのは、軍楽隊の少年兵と炊事係の七年兵と葬儀屋と非暴力主義の元通信兵。どうみても、まともに戦えそうにない連中だ。

岡本監督は音楽好きだけあって、その使い方がうまい。緩急つけて挿入してくるから、見ているこちらの心は大きくかき乱される。明日は出発という日、陣地に軍楽隊の「夕焼け小焼け」がゆったりと鳴り響く。長い軍隊生活で荒んだ心に鳴り響く。荒くれ者の心にも、憲兵隊の心にも、従軍慰安婦の心にも、鳴り響く。普段はイガみあっている連中が、「夕焼け小焼け」の音に吸い寄せられるように集まってくる。強がっていても、みんな、故郷の夕焼けが懐かしいのだ。このシーンは構図も音楽も美しく哀しく、そして感動的である。

かくして、曹長は一個小隊を率いて、敵に奪われた通称「ヤキバ」を奪還すべく、出立した。途中、3人のゲリラに遭遇し、二人を射殺、一人を捕虜とする。使いものになる兵士は、荒くれ七年兵のみ。圧倒的に不利な状況下、曹長は緻密な作戦を練り、弱小部下を上手に使い、「ヤキバ」を攻略し成功する。だが、この戦闘で二人の犠牲者を出す。このことが、少年兵の心に変化をもたらした。殺された仲間の仇をうちたい、敵を殺したいという気持ちが芽生える。一度は奪還した「ヤキバ」だったが、ここは攻守の要、八路軍は猛攻撃をしかけてくる。敵も味方も死んでいく。戦場は地獄絵の惨状。次第に少年兵たちの顔からは幼さが消え、精悍な兵士へと変貌していった。だが、圧倒的な物量の差は、如何ともしがたく、防戦一方の戦いが続く。やがて、弾がつきた、援軍は来ない。彼らは武器の代わりに楽器を持ち、敵の攻撃にさらされる。爆撃音と音楽が交錯する戦場。ハーモニーが崩れていくのは、パートを担当している者が次々と死んでいくからだ。そして、音が消えた。軍楽隊は自分たちの葬送曲を演奏しながら全滅した。静まり返った戦場に、葬儀屋が逃がしてやった捕虜が、何ごとか叫びながら駆けてきた。少年兵たちの死に怒り狂った葬儀屋は捕虜を撃ち殺し、彼もまた死ぬ。曹長も七年兵も通信兵も死んだ。カメラは死んだ捕虜の手に握りしめられた紙を写す。そこにかかれていた文字を見た瞬間、私の心は凍てついた。(文面はふせておく)。時、折しも八月十五日。終戦の日に小杉隊は全滅した。救いがない哀しすぎるラスト。戦場の不条理を、岡本喜八流に描いた力作である。私ごときが批評できるレベルの作品ではないので、内容の紹介だけにとどめておきます。

PS:昨晩、NHKの『戦場の軍法会議』を観ました。67年前の悲劇・・・。

タグ : 岡本喜八

00:07  |  映画  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2012.08/13(Mon)

朝日新聞から

asahishin.jpg

11:52  |  ロンドンオリンピック  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑
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