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2012.09/12(Wed)

最強のふたり

アース・ウィンド&ファイアーの曲が流れる。懐かしいなぁ。ディスコブーム全盛の頃、ミラーボールとともに煌めいていた音楽である。その軽快なノリに合わせて、パリの街を疾走する一台の車。若い黒人運転手と助手席の中年の白人男性はゴキゲンだ。ふたりの快適なドライブは、少々、ハメを外していたのかもしれない(汗)。いつのまにやら、パトカーとのデッドヒートに。パトカーの制止をふりきり、アクセルを踏み込んだ運転手が賭けの話を始めた。先導するとかしないとか・・・。

Intouchables_3.jpg

2台のパトカーが行く手を阻んだ。普通ならここで、「クソッ」とか言いそうなのに、ふたりは笑っている。警察官の指示に従い、黒人運転手が外へ出てボンネットに手をついた。警官が助手席の白人男性も外に出るよう促すと、運転手は険しい表情になり「出たくても、出れないんだ!後部座席を見ろ、車イスがあるだろ!」と、まくしたてた。警官が助手席を覗くと、白人男性が痙攣の発作をおこし口から泡をふいているではないか?!うろたえる警官に「俺が好きでスピードを出していたと思うのか、病院へ急いでるんだ!」。ふたりは警官に先導され、病院へと向った。賭けにかったのは黒人運転手ドリス(オマール・シー)、貧民街で育ったアフリカ系フランス人だ。彼の雇い主フィリップ(フランソワ・クリュゼ)は大金持ちだが、首から下が麻痺している障がい者である。軽快なオープニングに暗さは見受けられない。

ところが、重厚なクラシック音楽が映画のトーンをお上品にし、オープニング・シーンに至るまでが、フラッシュバックで描き出されていく。豪華な屋敷の廊下には、家主フィリップとの面接を待つ神妙な顔が並んでいる。面接を秘書らしき女性に任せ、フィリップは冷めた目でその様子を眺めているだけ。心あらず・・・という感じか。麻痺はパラグライデーの事故によるものだった。一瞬にして体の自由を奪われてしまったフィリップ。心は闇の中を彷徨いつつ、自分の境遇を嘆き悲しみ、全ての事を諦めてしまったのかもしれない。そんな彼が、遅れて面接を受けにきた黒人男性に、少しだけ興味を示した。なぜなら、他と違っていたから。ラフな格好をした粗暴な青年はロクに挨拶もしないで「ダメだろ、さっさと不合格のサインをくれ」と、急かす。フランスでは3社の面接に落ちれば生活保障を受けることができるらしい。フィリップは「サインしておくから明日、取りに来るように」と告げた。翌日、トリスが受け取ったサインには「採用」の文字が(笑)。得体の知れない黒人青年を雇うことになったのに、他の使用人は気にする風がない。どうせ、長続きしないと思っているのだ。何人もが止めたということは、フィリップに問題があるのかな。さてさて、問題児同士、どうなることやら(笑)。

ドリスにしてみれば、好き好んで選ばれたわけではないので、フィリップに取り入るようなマネはしない。それに、ドリスは無知というか無垢な男だから、同情ということを知らず、たとえ相手が身障者であろうが、遠慮のない物言いをする。時には、鳴っている携帯を、そのままフィリップにさし出し「あっ、手が動かないんだったな」と、笑っている。このドリスの奔放な態度がフィリップを喜ばせた。頑な心が徐々にほぐれていき、ふたりは対等な関係を構築しつつあった。

Intouchables_1.jpg

ドリスは高貴で傲慢な雇い主フィリップを、どんどんと自分の世界へと引き込む。車イスを改良しスピード感のある乗りモノにしたり、ダンス・ミュージックを屋敷に響き渡らせたり、スポーツカーで街をぶっ飛ばしたり、おしゃれな服を着せたり、女性の扱い方の講義をおこなったり・・・・。どれもがフィリップには新鮮だった。

Intouchables_2.jpg

ドリスはフィリップを通して上流社会を覗く。オペラやクラッシックの演奏会や自家用ジェットやパラグライダーを大いに楽しむドリス。普通だったら、委縮してしまうだろうが、彼は周りの視線など、全く気にせず、いつでもマイペースだ。ドリスとフィリップは互いの世界に足を踏み入れることによって、新しい発見を重ねる。劇的な要素はない。ふたりの触れ合いを描いているだけの友情物語である。

全く違う種類の人間が出会って心を通わせる・・・なんと素晴らしいことだろう。価値観は違っても、響き合うものがあったのだと思う。フィリップはお金はあるが体の自由がない。明るそうなドリスは、複雑な家庭環境の中で育ち、密かに抱えた心の重みに苦しみながら歩んできた。社会的弱者のふたりは支え合いの中から尊さを見つけ、後ろ向きな人生からの脱却を図る。陽と陰が交わりながら進むストーリーが静かな感動を呼ぶ。上映中はユーモラスなシーンに笑い声が起こっていたが、エンドロールが流れる頃には、すすり泣きの声が漏れていた。観る者にしんみりとした感慨を残す映画である。
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タグ : フランス映画

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2012.09/07(Fri)

アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!

私は主演のウィル・フェレルとマーク・ウォールバーグのファンだ。ウィルの出演作は9割ぐらいは見ていると思う。彼の人気は日本ではイマイチらしく、アメリカで大ヒットした作品であっても日本で公開されるとは限らない。本作は日本で公開されたんだ・・・知らなかった。最新の映画情報に疎いことを悔やむ。知っていたら観に行ったのになぁ。マーク・ウォールバーグは、『ビッグ・ヒット』(98)を観て大ファンになり、一時期、彼の映画を繰り返し観ていた。ハマっていたんですね(照)。当時ほどではないが、今も好きな俳優さんだ。ウィルについては、どこがいいのか自分でもよく分からない(笑)。だからだろうか、出演作は内容を、ほとんど覚えておらず、観たら直ぐに忘れてしまう。しかしながら、ファンであると断言する。(何?それ?)

さて映画。ニューヨークの法と無秩序の細い境界線上に立つダンソン(ドウェイン・ジョンソン)とハイスミス(サミュエル・L・ジャクソン)、両刑事の華々しいカーチェイスで映画の幕があく。トランシーバー、タトゥ、銃撃、そしてアメリカン・ジョーク。タイソンとハイスミスが操るアメ車はボコボコになりながらも、敵を逃がさず、街に1200万ドルの被害を与えて軽犯罪者を逮捕する(笑)。これぞ、正真正銘のタフガイ、現代のヒーローなり!

OTHERGUYS_2.jpg

その一方、ニューヨーク市警にはうだつの上がらない地味な刑事もいるわけで・・・。コンビ・テリー&アレンは典型的な脇役に甘んじている。もっとも、鼻歌まじりで楽しそうにデスクワークをこなしていてるアレンからは、不満は感じとれない。ダサいメガネに冴えないネクタイ姿で職務に励む姿は不気味でさえある。しかし、テリーは違う。現場に出たくてムズムズしている。相棒のアレンに悪態をつくも、相手にされず、フラストレーションは募るばかりだ。

OTHERGUYS_3.jpg

場面は「発砲警官のセラピー」へ変わる。アメリカ人はセラピーが好きだなぁ。過ちを打ち明けあって解決策を見出すのかな?警官のセラピーだけあって内容がヘビー。「チャイナタウンでギャング2人を射殺した」と、誇らしげに語る警官は心にキズをおっているようには見えない(汗)。セラピーが自慢の場になっている。おやおや、テリーがいるではないか!血の気の多そうなテリーのことだから、過激な銃撃戦でも引き起こしたのかしらん?セラピストに促され、テリーの告白が始まった。「10月のワールドシリーズ最終戦・・・」アハハ、地下通路を警備していて、ヤンキースのジーターを、不審者と間違えて撃ってしまったそうだ。脚を狙ったため、命には別条がなかったが、当然ながらジーターは試合に出場できず、ヤンキースは負けてしまった。チャイナタウンのマフィアを殺すよりも罪は重い?

とまぁ、正反対のテリーとアレンだが、ウィルが常識人を演じるハズがない。彼はいつだってサイコ野郎なのだから(笑)。映画の進行とともに、アレンの異常な部分がジワジワと湧き出てくる。彼には恐るべき過去(?)があった。封印していたものを解き放った時の膨大な力を侮るなかれ・・・???

本作の影の主役として、アレンの愛車「プリウス」を挙げていいだろう。カーアクションとは無縁の地球と人に優しい車が、闘争的な(?)走りを見せる。赤いプリウスがニューヨークの街を爆走する。普段は大人しくても、いざというときは、やる子なんです(笑)。燃費が良いことが売りなのだが、小回りが利くし、何よりも頑丈。激しいカーチェイスで、アメ車が次々と壊れていく中、プリウスは、原型を留めたまま、走っている。銃弾をあび穴だらけになろうと走りは健全。プリウスくん、いろいろ災難に遭うけど、負けないんだなぁ。忍の字です!そのご褒美だろうか、エンドクレジットでも存在感たっぷりに登場していた。

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ウィルの映画は、バカバカしくて下品なものが多い。この映画に関しては下品さを封印し、おバカさで勝負している(笑)。でもね、一見、くだらなそうでも、実は細かな計算のもとに話が構築されており、知的な側面すらあると感じたのは私だけかな?要は大人のジョーク。例えば、アレンの妻の存在。アレンは不細工(←失礼)だから、それなりの妻がいて然るべきなのに、大方の予想に反してとびきりの美人だったりする・・・。妻を紹介されたテリーの表情が笑える。口あんぐりで「どなた?」と聞く。「妻のシーラよ」と言われて「ウソだろ、マジで どなたさん?」・・・失礼なこと、この上ない。羨ましいを通り越して、受け入れがたいということなのかな。食事中も「なぜ、彼なんだ?」と、しつこく問いただす。世の中、理屈の通らないことってあるんです(笑)。ウィルのどこがいいのか分からないけど、私も彼が好きだから。

金融投資詐欺事件の渦中にいる大物投資家をターゲットにしているのも、時勢を読んでる感ありかな(笑)。深刻な社会問題が、極めて陽気なコメディの中で語られていく。武装集団との対決が盛り込まれているから、アクションも楽しめるし、犯罪ミステリー的な部分もあり、ちょっとばかり推理したくもなる。だが、どの要素も正統派を、ちゃかして笑いにつなげている。好意的に解釈すれば、豊かなセンスによって作りあげられた傑作コメディと言えよう。エンドロールのメッセージにも注目!
00:08  |  映画  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2012.09/02(Sun)

東京の合唱

☆昭和六年作のサイレント映画。子役時代の高峰秀子さんが出ています。

服装検査をするため、体育教師の大村(斎藤達雄)は、校庭に学生たちを整列させた。ひとり、ひとりを入念にチェックし、手帳に何やら書き込んでいる。油断すると、列は崩れてしまうので、大村先生の神経はピーンと張りつめたままだ。そこまで真剣になる理由は、分からないけれど(笑)。大村先生は学生たちに上着を脱げと命じた。上着の下にシャツを着ていない岡島伸二(岡田時彦)は当然ながら叱られ、居残りを命じられる。この頃から、体育教師は風紀指導にあたっていたんだ!歴史を感じますなぁ(笑)。

それから数年が経った。岡島は大学を卒業し、保険会社に勤めている。昔の悪童も、今は三人の子供の父親だ。出勤準備をする傍らで、娘(高峰秀子)が紙風船で遊んでいる。この時の高峰さん、シミーズにカボチャパンツと腹巻きというラフな格好。この姿を見れただけで、良しとしよう・・・ではなく、続けます(笑)。お兄ちゃんは「パパ、僕に二輪車を買ってよ」と、おねだり。おっ、パパとな!この時代にパパと呼ばせているということは、中流の家庭なのだろう。奥には蚊帳の中で寝ている赤ん坊がいる。パパはママの許しがあれば、買ってあげると言っている。この台詞も興味深い。父親の一存で事が決まるという家ではないようだ。岡島家は進歩的な家庭としてスケッチされている。

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画面は岡島の会社の無人のオフィスに変わる。どの机も汚い。乱雑に積まれた書類の山は分かるとしても、灰皿からはみ出した煙草の吸い殻、食べ残しの食事、どういうわけか靴まで置かれている(笑)。なんだ?と訝しく思った、その瞬間に、カメラは一枚の張り紙を映した。「本日正午ヨリ社長室ニテ賞与ヲ御渡シ致シマス」なるほど、社員はボーナスを貰うために席を外しているんだ!昼休みだから、机の上が仕事モードじゃなかったのね。小津監督の演出の妙である。オフィスが仕事の場とばかり思っていたら意表をつかれた。こういう都会的なセンスが好き♪ボーナスを受け取った社員たちの反応もユーモアたっぷりに描かれている。他の人に気づかれないよう、トイレでこっそりと見る様子が可笑しい。中には、便器に落としてしまうドジなヤツもいる(笑)。

嬉し恥ずかし、悲喜こもごものボーナス支給日に、事件は起こった。同僚の山田(坂本武)の不当解雇に抗議した岡島は、社長からクビを宣告されてしまう。子供の自転車どころではないのだが、事情が分からない長男は父に激しく抗議する。妻と相談して、自転車を買ってやると、息子は素直に喜ぶ。大人の事情が理解できるには、時間がかかるのかな。

岡島の再就職先はなかなか決まらない。岡島とともに解雇された山田は、サンドイッチマンになった。そのことを恥じる元同僚に岡島は言う。「あなたには職業があるからいいですよ。僕なんぞなまじ大学なんか出たのが禍ひして、今もって風来坊ですからね」今も似たような状況になりつつあるが、ここまでは酷くないだろう。小津監督はサラリーマンの悲哀を、本作あたりから描くようになる。名作「生まれてはみたけれど」は本作の翌年に作られた。

失業中の岡島にさらなる禍が降りかかる。長女が病気になり入院してしまったのだ。岡島は承諾をとらず、妻の着物を売って病院代に充てた。空っぽになったタンスの引き出しを見て妻は愕然とする。しかし娘の病院代にしたのだから、夫を責めることはできない。気持ちを切り替え、家族4人で「せっせっせ」の遊びを始めた妻だが、泣きだしてしまう。妻の気持ちも分からないではない。もし、夫が失業しなければ、着物を売るような事態にはならなかった。着物が惜しいのではなく、そういう状況に追い込まれた事が悲しいのである。妻の様子を見て岡島は落ち込む。

岡島は職探しのために訪ねた職安で、学校時代の体育教師の大村と再会する。大村は教師の職を離れ、その後放送局のラジオ体操などを手伝っていたが、それもやめ、1,2カ月前から洋食屋を開業したらしい。岡島が失業していることを知り、短期間でいいから店の手伝いをしてくれれば、就職口を世話すると言う。大村の店の名前は「カロリー軒」。この名前は後の小津作品にしばしば出てくる。店の看板には「一皿満腹主義」とある(笑)。当時の日本人にとって、お腹いっぱい食べることが幸せだったのだろう。質より量なのかな。

岡島の仕事はノボリを担いでビラを撒くことだった(爆)。折しも風が強い日で、ノボリに書かれた「一皿満腹主義」が、激しくはためき、うまく歩けない。男二人が前後に並び、風を正面に受け、必死で歩く姿が可笑しい!サイレント映画ならではの滑稽な動きが笑いを誘う。二人ともバテバテ。岡島曰く「学生時代に体操をしっかりやっておけば、こんな事はなんでもなかったんだ」・・・ですって。お言葉ですが、ノボリを担ぐために体操をやっていたんじゃないと思いますけど(汗)。そんな父を電車に乗っていた息子が見つけ叫ぶ。「パパだ!」妻は「パパじゃありませんよ!あんなパパがあるもんですか!」と、息子を制した。字幕にまた笑わされた。「これは細君にとって、全く思ひもかけない夫の醜態だった」そうかぁ、笑いの中に込められた悲哀なのね。。。

それから、四、五日過ぎて。大村の店で、教え子たちの同窓会が行われる。店の宣伝も兼ねてのことだろう。割烹着から紋付羽織袴に着替えた大村が挨拶をして宴が始まった。飲んで食べて、大いに話している最中、一通の手紙が大村充てに届く。それは、岡島に栃木の女学校の英語教師の仕事が見つかったことを知らせるものであった。再就職できることはありがたいが、東京を離れなければいけないと思うと、岡島は素直に喜べない。妻は「きっといつか又、東京へ帰ってこられるようになりますわ」と慰める。映画は、同窓生たちが寮歌を合唱するシーンで終わる。これがハッピーエンドなのか否か、私にはわからない。甘い結末にしなかったのが小津さんらしい。

タグ : 小津安二郎

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