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2007.07/02(Mon)

小田井原の合戦・志賀城の合戦

昨日の「風林火山」で取り上げられた小田井原の合戦。
見てて???ナレーションや出演者のセリフを聞くと「おたいはら」と言っている
えっ、これって「おだいばら」じゃなかったんだ!
ず~と、「おだいばら」だと思っていました・・・・ガ~ン!
手持ちの文献を調べてみると、笹本先生や平山先生は「おたいはら」。
柴辻先生は「おだいばら」と呼んでいます。
「小田井原の合戦」は長野県北佐久郡御代田町小田井という所でありました。
地元の人は、なんと呼んでいるのでしょうかね?
とにもかくにも、地名の読み方は難しいなぁと感じた次第です(笑)。

「小田井原の合戦」と「志賀城攻略」については、「勝山記」に詳細が残っているらしいです。
坂本徳一氏(武田信玄のすべて・磯貝正義編)によると

志賀城攻略の際、城内で捕らえられた笠原夫人、女、子ども百人余りは
そのまま甲府へ護送されて、一人三貫から十貫文で売買された。
才媛の誉れ高い笠原夫人は、小山田信有が二十貫で買って
岩殿城(山梨県大月市)の駒橋に連れ去られ側室となった。
とあります。

二十貫は、今の貨幣価値だと何百万円というところかな?
(一貫いくらだったか忘れました・・・汗)
戦国時代は人身売買が普通に行われていたそうです。
現代人からすると、ギョッとする話ではありますけど・・・・


11:59  |  歴史  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

●No title

小田井は、「おたい」です。
上田原は、「うえだはら」です。
神川は、「かんがわ」と呼びます。

余談ですが、この志賀地区出身の神津さんが
開発を進め、ふるさとの名をとって名づけたのが
『志賀高原』なんですね。
 | 2007.07.10(火) 11:21 | URL | コメント編集

●No title

コメントありがとうございます。小田井=おたいなのですね。
小田井原の合戦を記した本に、「おたい」「おだい」の2通りの読みが
書かれていたので、混乱しました。

志賀で、まず思い浮かべるのは、志賀高原です。
開発者のふるさと名が、名前の由来だったのですか・・・・
神津さんは、ふるさとを愛してらしたのですね。
マーちゃん | 2007.07.10(火) 12:32 | URL | コメント編集

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