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2007.07/18(Wed)

真田昌幸

柴辻俊六著「真田昌幸」を読みました。
真田昌幸は真田幸隆の三男。真田幸村(信繁)のお父上。
昌幸については、知っているようで、まったく知らなかったというのが正直な感想です。
柴辻先生が、例によって細かい検証をされてるのですよー。
「先生~この本は、あくまでも一般大衆むけに書かれたんでしょ。細かすぎる!」と
思いつつ、必死で内容を追っていきました。そうするうちに、激動の真田家の史実にふれ
涙ぐんでいる私。
この本を読んで泣くとは、私のオタク度も相当なものです(笑)。

ともすれば、真田一族は戦記的な面に興味をもたれ、講談や小説の内容が
通説として流布しています。特に真田幸村は、悲劇の武将として有名ですね。

この真田一族の礎を築いた真田幸隆の武田家への帰属は
天文15年あたりではないかとのこと。
「上田原の合戦」の背景には真田幸隆ほか、滋野氏一族の旧領回復の願望があったそうです。
ただ、幸隆が参戦していたことは「甲陽軍鑑」に板垣信方の脇備えであったとみえるに
すぎないと柴辻先生はおしゃっています。
その後の幸隆の働きについては、「高白斎記」に書かれているそうです。
天文20年5月の幸隆の単独軍事行動による戸石城の攻略など・・・

真田家や北条家の歴史は戦国絵巻です。
中でも真田昌幸は多くの有名な合戦に参戦しています。
初陣が第四回川中島と伝えられ、三増峠の戦い(対北条)・三方ヶ原の戦い(対徳川)
長篠の戦い・朝鮮の役(備前名護屋に赴く)・関ヶ原の戦い(上田城にて徳川秀忠と対戦)

真田幸隆、昌幸、幸村(信繁)。戦国の世で異彩を放った三代だと思います。
11:25  |  歴史  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

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