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マーちゃんが仰る通り、この映画では陪審員に黒人も女性も居りませんね。西部劇が白人の視野からインディアンを描いていた時代は、西部劇のみならず、総てこうだったのですね。何せ、扇風機が故障して蒸せる室内での出来事でした。
そのような背景から、もしかして当時の社会の空気を直に味わっておられない若い方の中には、違和感なり、矛盾を感じたり、更に超真面目な性格の方の中には、いい加減な陪審員に反感を持ったりされる場合もあるかも知れません。 そういう意味では、現代社会には適応して居らない面も否定は出来ず、確かに古臭い匂いは禁じ得ないかもしれません。 でもこの映画には古典的価値があると思います。TBさせて頂きましたが、私にとってはこの映画は深い思い入れがありまして、マーちゃんが、真剣に論議するぶつかり合いを認めて下さったことが嬉しいです。 「十二人の怒れる男」は素晴らしい映画ですね。あの緊迫感、臨場感を捉えたルメットの手腕に感銘を受けます。
「狼たちの午後」もいいですね。銀行強盗犯を演じたアル・パチーノの熱演が光る。 この映画を観たとき、黒人と女性の不在に、少し戸惑いました。陪審員制では審理の際、その構成メンバーによって、結果が違ってくるということを聞いた事がありますから。
私は50年代の空気を知らない世代です。半世紀前を遠い昔と思うか、近い昔と思うか・・・ 私は近い昔と思っていました。しかし、こういう映画に出会うと、今とは社会の風潮が違っていたのだと教えられます。映画から学べる貴重な事柄ですね。ですから、この映画を観て、当時の人に違和感や反感を感じる若い人には、どうして?と訊ねたくなります。今と違って当たり前。どういう変遷を経て、今があるかということを知ることが大切だと・・・・。 おっしゃるように、私も古典的な価値があると思いました。アスカパパさんのように、古典作品に精通していない私ではありますが、この作品の質の高さは理解できたように思っています。余分な部分をそぎ落とし、議論シーンにのみ、スポットを当てているので、その迫力に圧倒されました。あと、正直言って、ヘンリー・フォンダが、あれほど演技の上手い人だと思っていませんでした^^ こんにちは。ようこそ、お越しくださりました。ありがとうございます。
ルメット監督は、いいですよー。「狼たちの午後」も緊迫感ある作品でしたね。 アル・パチーノが可愛らしくて・・・・。演技派の大御所には、失礼な形容詞ですが(笑)。 骨太な作品だけではなく、「旅立ちの時」のような繊細なものも作っていますし。 柔軟さまざまで、才能あふれる監督さんですね。 ニーロさんは、ロバート・デ・ニーロのファンでらっしゃるのですね^^ 私も黒人がいたら面白いだろうな。と考えていました。
当然、脚本段階で検討されたと思いますが、行興的に考えると、白人の席に黒人がいるのは、当時では断念せざるをえないでしょうね。 ラストの握手のあと、階段の向こうの下あたりに、 コッブがちゃんと写っていますね。 一番怒った男ですから、ゴクロウサンということでしょう。 黒人もそうですけど、女性がいな〜いと、ウーマンリブみたいなことを言いたくなりました(笑)。
あと、犯人の少年は黒人のような、インド人のような・・・ そんなに凶悪そうに見えないので、私が陪審員だったら無罪にしてしまうかも。 そうかぁ、当時は黒人差別が今以上にあったから、画面に黒人がいるだけで 反発を呼んだのかもしれませんね。今は黒人主演の映画が大ヒットし アカデミーの主演男優・女優賞をとる世の中になりました。時代の流れですね。 コッブ?またまた、細かい部分まで見てますねぇ。DVDを何度も再生してるのですが わかりませんよ〜(号泣)。引き続き確認作業を行います(笑)。 男の哀愁を大事にする私は、ラストのコッブの
寂しそうな後姿は見逃しませんよ。笑 たしかに、50年代までの映画は、黒人有色人種の 活躍は少なかったですねぇ。 今でこそ、軍部の参謀あたりの役に黒人が起用される ことも当たり前ですが、70年代あたりでは まずありえなかったことですものね。 やはり、シドニー・ポアチエが出てきたあたりから 少しずつ改善されてきたんじゃないでしょうか。 ぱんだうさぎさんもコッブを見つけたのですか?!
それらしいのは、いるのですけど。。。哀愁おじさん、いずこへ〜(笑)。 今の黒人俳優さんの活躍は、シドニー・ポアチエが道を作ったおかげでしょうね。 「夜の大走査線」では、刑事でありながら、同僚や地域の人から 激しい差別を受ける役でしたね。差別は実生活でもあったのでしょうね。 彼がハリウッドでの黒人の地位を上げたから、デンゼル・ワシントンのような 知的な役を演じることができる俳優さんが後に続いたのだと思います。 デンゼル・ワシントンは、軍部の参謀役が、似合っていますよねぇ♪ 次には黒人大統領を期待したいです。 ご指摘のように1950年代だと、白人や男性一色でも不当だとは考えなかったのですね。60年代なかば公民権運動がさかんになると、さすがに白人だけが画面に登場するのはおかしいということになりました。たとえば「ミッション・インポシプル」のオリジナル、「スパイ大作戦」でも必ず黒人がチームに加わるようになります。映画では、深刻な差別とたたかいながら、あくまで知的で紳士的にふるまったシドニー・ポワチエの功績が大きいですね。
映画では12人の陪審員が皆、白人で、容疑者の少年が有色人種でしたね。当時の映画での黒人の役どころは、犯人や召使がほとんどでしたよね。「風と共に去りぬ」には、奴隷の召使がいましたね。公民権運動が盛んになったころ、黒人を差別していると、やり玉にあげられた映画だそうですね。役柄の他に、登場する黒人の割合も決められたと聞きます。70年代以降の映画には、黒人が多数出演してますよねぇ。アメリカの人口の中で黒人が占める割合がどれくらいか、わかりませんけれど、映画の中では、不自然に多いような気がします。シドニー・ポワチエは、黒人俳優の草分け的な存在ですね。相当な苦労があったことでしょう。
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裁判長の厳粛な声が静寂の法廷に響く。「以上で事件に関する審理を終える。陪審員はこの計画殺人に対して適用される法律を考え、虚構と事実を判別してください。判決は命を左右します。有罪に関して疑問があれば、諸君の評決は無罪にすべきですし、疑問がなければ被告は有罪 …
2007-11-01 Thu 14:59 アスカ・スタジオ
アメリカの裁判がどんなものか、特に陪審員制度というものがどういうものかを最初に教えてくれた映画です。 95分の映画うち、90分くらいが、狭い陪審員室が舞台であり、その中には12人の陪審員しか登場しません。法廷での証言はすべて陪審員の口を通して再現されます。 …
2007-11-05 Mon 11:35 お楽しみはこれから!
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