2017年10月/ 09月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫11月

--.--/--(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2007.03/15(Thu)

フロイスの日本覚書・・その2

お友達のサイトで話題に出ていた戦国期の生活様式について、私なりに調べました。
「フロイスの日本覚書」から
戦国女性の髪ならびに入浴にまつわる記述の一部を抜粋します。

☆ヨーロッパの女性は、芳香のある香料で頭髪をにおわせる。
日本の女性は頭髪に塗った油のせいで、いつも悪臭を放っている。
(臭いのは油のせいかしら?あまり洗わなかったからでは?)

☆ヨーロッパの女性は、短い年月で白髪となる。
日本の女性は、60歳になっても、油を塗っているために白髪にはならない。
(白髪予防の油があるんだ!欲しいです)

☆ヨーロッパの女性は、稀にしか自分の髪に他人の髪を添えたりしない。
日本の女性は、シナから商品として渡来するカツラをたくさん購入する。
(戦国女性がカツラ?部分用カツラかな?)

☆ヨーロッパの女性は、自宅で髪や頭を洗う。
日本の女性は、公衆浴場で洗う。そこには特別な髪の洗い場がある。
(日本の銭湯には、今でも髪洗い場がありますね)

☆われらにおいては、人々はまったく人目につかぬように、家で身体を洗う。
日本では男も女も公衆浴場で、もしくは夜分、自宅の戸口で入浴する。
(戸口で入浴って、行水のことでは?日本人を露出狂みたいに言うな!)

トイレについて

☆われらの便所は、家屋の後方の、人目につかないところになければならない。
彼らのは、家屋の前方にあり、みなに開放されている。
(開放とは、誰でも使っていいということ?それともドアが無かったってこと?)

☆われらは、用便の際に坐り、彼らはしゃがむ。
(はいはい、洋式と和式の違いねっ)

肝心の髪を乾かす方法は、書かれていませんでした。
「武士の生活(生活・文化)」と「江戸八百八町」という本も調べてみましたが
髪の乾かし方や入浴習慣については、わかりませんでした。
お風呂には、どれくらいの頻度で入っていたのでしょうかね!
自分ひとりが臭いなら、気にもするでしょうが
みんな臭かったら「気にしな~い」だったのでは?
おそらく、現代人とは臭気レベルが違うのですよ(笑)。



15:00  |  歴史  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

塗った油のせいで、いつも悪臭を放っているって凄い書き方ですね
まるで、日本人の女性は臭いってイメージですよ
短い年月で白髪になるってマリーアントワネットみたい
これって油って椿あぶらのことかな・・・
これで、つやが出るっていうし
ただ匂いは、いい匂いとかはしないでしょ
かつらって、まるで芸者さんみたいなかつらですかね?
家屋の前方にあり、みなに開放されているっていうのは
もしかして、これは、汲み取りの事情からですからね
隠れてるところにあったら、汲み取りが大変じゃないですか?
それとか、よく昔のトイレは家の外にあったというじゃないですか
田舎のおばぁちゃんちに、古い昔のトイレが残ってて
家よりちょっと出た、板で渡した穴が開いているトイレがあったの
確か中国のトイレでしたっけ、扉がないの
そんな風だったのかしら
こうして、調べてみると面白いものですね。
Kuu | 2007.03.15(木) 15:38 | URL | コメント編集

まったく、凄い書き方ですよ(笑)・・・失礼な!
そうかぁ、塗っていたのは椿油かもしれないですね。
今でも椿シャンプーとかありますが
何も添加していない純粋な椿油は、どんな匂いなんでしょうかね?
かつらは、どんな風だったのか、想像がつかないなぁ。
頭のてっぺんに、毛のかたまりでも付けていたのでしょうか?(笑)
トイレが前方にあったのは、汲み取り事情もあったでしょうね。
「われらは糞尿を運び去る人に金を払う。
日本では、それを買い、その代償に米と金を支払う。」との記述からすると
戦国時代には、すでに糞尿が売買されていたのですね。
となれば、鎌倉時代の糞尿事情も知りたいところです(笑)。
商売ですから(笑)汲み取りに来る人に便宜を図ったということは
十分に考えられると思います。
そうそう、水洗トイレが普及するまでは、トイレは外付けだったのですよね。
家の中にあると臭いし、汲み取りに来る人も大変だし。
冬の夜なんて、トイレに行くのも大変だったでしょうね。
中国の農村部は、今でも扉なしのトイレだと聞きます。
いや、都市部もそうかもしれないです。
さすがにオリンピックが開催される北京では
扉をつけ始めたかもしれませんが。
マーちゃん | 2007.03.15(木) 16:43 | URL | コメント編集

●過去の記事なのは承知ですが

面白く読ませていただきました。

この当時、中国から輸入していたのはかもじですね。
今で言うエクステです。

それと、開放されているトイレって一体なんでしょう?
この当時の室町時代のトイレは、
別棟ぽっとん式でそんなに開放されてないはずなんですけど。

もっとも、宿場町には、肥料を集めるため公衆トイレがあって、
今とは違って甕の上に板を渡してあって
その周りを申し訳程度に囲った
非常に開放された造りだったそうですから
そのことかもしれないですね。
マサ | 2011.06.14(火) 17:25 | URL | コメント編集

●マサさんへ

コメントありがとうございます。
楽しんでいただき恐縮です。過去にこんな記事を書いていたのですね。
すっかり忘れておりました(笑)。

カツラは「かもじ」というものですか・・・教えていただきありがとうございます。

室町時代のトイレはどういう様式だったのでしょうね。。。
江戸時代になると、糞尿の売買が盛んになったようですけど
(汚い話で申し訳ありません)
マーちゃん | 2011.06.18(土) 11:43 | URL | コメント編集

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

 | HOME | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。