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2009.04/01(Wed)

武田騎馬隊なんてなかった?

takedakiba.jpg

わ~い、久しぶりに戦国時代のことが書ける~♪このブログ、いつのまにやら映画ブログのようになっていますが、元々は「戦国&映画&犬」をテーマに始めたものでした。今、喜び勇んで本記事を書いておりまする。眼の調子が悪くなり、医者からパソコンを控えるよう言われてはいますが、戦国のことを書くのは大好き!あまりマニアックなことを書かないようにしなきゃ(笑)。

1989年7月、山梨県甲府市の武田氏居館内から、埋葬された状態で馬の全身骨格が発見されました。上の絵はそれを元に復元された武田軍軍馬の復元画です。馬に注目してくださいまし。どこか変でしょ。馬が小さくないですか?この馬骨の生前の体高は1m20㎝しかありません。しかし、前足の筋肉が発達していたと推定されています。これは重量物を背にして斜面の登り下りをしていた馬の特徴だそうです。当時の日本馬はポニーの部類だったというから驚きです。
*写真と解説は鈴木眞哉著『鉄砲隊と騎馬軍団』を参考にさせていただきました。

著者の鈴木眞哉さんは物事を斜めからしか見ないヒネクレ者(失礼)ですが、こういう人の話は面白い。氏は武田家を含めて、当時の軍隊に騎馬突撃というようなことができたのであろうか?という問題提起をしています。騎馬弓兵(馬上で矢を射かけながら走るヤブサメのようなもの)がいたことは絵巻などによって見ることができるけれども、それと近代騎兵の突撃の光景を重ね合わせてはならないとおっしゃっています。

ポニーのような小形の馬に重い甲冑をつけた武士が乗れば、その馬は重さにたえかねてよろよろと歩くしかできなかったであろう・・・・ということです。NHKの実験によれば、中世の馬と同程度の体高130センチ、体重350キロの馬に体重50キロの乗員と甲冑相当分45キロの砂袋を乗せて走らせた場合、分速150メートル出すのがやっとで、しかも10分ぐらいでへたばってしまったそうな・・・汗。

以下、『鉄砲隊と騎馬軍団』からの抜粋です。
旧陸軍の騎兵に関わる基準では速く走らせるギャロップの場合で分速310メートル、最高では420メートルを要求されていたというから、わが国中世の馬がはるかに劣っていたであろうことは、実験からも容易に推測できる。しかも、柄が小さく速度も出ないわりには気性が荒くて、扱うのが大変だったといわれているが、これは去勢の習慣がなかったことなども関係しているかもしれない。

ということで、当時の馬は険路に耐えうる「輸送力」だったようです。また、戦国時代になると、騎馬兵は戦闘開始に先立ってあらまし下馬する敢行が定着していました。徳川家康も「移動の際は甲冑を脱いでいた」と言っています。(どの本に書いてあったか忘れました)ですから、映画やドラマに出てくる勇猛な騎馬武者は源平の頃までで、戦国時代の騎馬兵の存在は、もはや戦闘の行方を左右するような要素ではなかったということです。

テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

タグ : 戦国時代

21:43  |  歴史  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

●ねずみのデッケーノ

だったのですね。当時の馬は。「七人の侍」の与平の馬のほうが立派です。
この絵は当時がよく分かりますね。ちょっと昔の軍国少年雑誌向けの絵みたいなタッチですが。
これでは合戦映画のようなわけにはいかなかったのですね。
鉄砲が使われると騎馬隊は真っ先に馬を撃たれるでしょう。人よりも馬のほうが弾があたりやすいですから、戦術として騎馬隊というのは有効だったのでしょうか。それに馬に乗ったまま敵を斬りつけるということは難しいはずです。馬から降りて闘ったのかもしれません。敵も馬がほしいので、相手が降りるまで刀を斬り付けなかったということも考えられます。これは私の素人考えです。木曽馬というメンコイ馬がいますが、これが日本の昔の馬に近いそうですね。
スタンリーメタボリック | 2009.04.01(水) 22:33 | URL | コメント編集

●スタンリーさんへ

そうそう、戦国時代の馬は「ねずみのデッケーノ」だったのですよ~(笑)。おっと、報告し忘れてました。『錨を上げて』を観ました。ねずみのデッケーノのがジーン・ケリーと踊ってましたね。戦国の人は踊るのではなく乗っていたみたいです。「七人の侍」の与平の馬を戦国時代の人に見せたら巨大なキリンに見えるでしょうね。
スタンリーさん、鋭いですね!おっしゃる通り、当時は馬から降りて戦っていたみたいですよ。鈴木氏によれば、古代から中世にかけての騎馬兵は戦闘も馬上で行うのが普通だったのが、時代が下るにしたがって、騎馬戦闘は限定された場合にしか行われなくなったそうです。馬は戦闘用というよりも輸送の手段になっていたので、人が乗っていない馬に向って鉄砲の弾を撃つことはなかったでしょうね。馬は戦利品ですもの。映画に描かれている「長篠の戦い」のような図式はなかったと思われます。騎馬による密集突撃はなかったのでしょうね。ヨーロッパでは「騎馬隊の密集突撃」があったそうですが・・・・。
日本ではパラパラと騎馬兵がいて、騎馬兵と言われる人たちも戦う時は馬から降りて槍を振るい、怪我を負わせた後に刀で首をあげていたのでしょうね。
木曽馬はネンコイですか・・・競馬のサラブレットだけが馬じゃないですよね。
マーちゃん | 2009.04.01(水) 23:17 | URL | コメント編集

●今、NHKで

「坂の上の雲」のメイキングやっていますね。録画していますので、後で観ます。
ホナ、サイナラ。
スタンリーメタボリック | 2009.04.04(土) 22:24 | URL | コメント編集

●スタンリーさんへ

え~っ、見逃しました!その前の「戦争と平和の150年」を見て、お風呂に入ってしまいました(汗)。番組の冒頭にチラッと「坂の上の雲」の映像が出てきたのですけれど、その後番組がメイキングだったのですね~。放送されているのを知らなかったので録画をしてませんよ~。見たかったですぅ。
マーちゃん | 2009.04.04(土) 23:41 | URL | コメント編集

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