2017年03月/ 11月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫01月

--.--/--(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2007.04/15(Sun)

怖い姫

大河ドラマ感想

いけませんねぇ。勘助・教来石・板垣が嘘つきですねぇ(笑)。嘘つきは泥棒の始まりですよーだ!諏訪攻略が晴信公による信濃侵略の始まりですから、泥棒の始まりと言えなくもない(笑)。しかし、「嘘も方便」ということわざもある!!調略をもって敵を降伏させれば、敵・味方とも損害が少なくてすみます。戦わずして勝つことも必要ですね♪

騙された諏訪頼重は、この時27才。その夫人・ねね16才。ドラマの二人は、とてもそんなに若いとは思えませんね。晩年を描くことを想定して、ある程度の年齢の役者さんを起用するのならわかるのですが、残念ながら、この二人はもうじき亡くなります。

頼重の娘・由布姫は、父親の年齢から換算すると、10代前半でしょう。それにしても、頼重は若くしてパパになったんだ(@_@;)

由布姫って怖そう~。ちょっと、表情がきつすぎるように感じますが・・・・今回は勘助も怖い顔をしてたしな。
まっ、そのうち柔和な女性になってくれるのでしょう。



20:56  |  大河ドラマ風林火山  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2007.04/09(Mon)

馬場信春

大河ドラマ感想記

ババンババンバン、バンババンバン
いい湯だなハハハン、いい湯だなハハハン
ここは甲斐の国~湯村の湯♪

晴信公と勘助が一緒にお風呂に入ってましたね。ふたりとも楽しそう。
やっぱ、裸のつきあいが一番なのでしょうかね(笑)。

ついに、信玄公からラブレターをもらった春日源助(源五郎)が、奥近習に登用されました!
源五郎くん、信玄堤と俗称されている治水事業について、晴信公に意見を述べていた。
で、ちゃっかり晴信公のお傍に仕えるとは!・・・晴信公の一目ぼれ?(笑)。

そして今週の目玉は教来石景政。後の馬場信春!!武功派の代表格です。
ドラマでは、勘助と一緒に高遠と諏訪を調略しに行ってましたね。
馬場は長篠の戦いで壮絶な最期をとげた武将。
信長公記にも「馬場美濃守の活躍は比類のないりっぱなものであった」と書かれています。
馬場と同じく武功派の山県昌景もチラッと出てました。

春日源五郎(高坂弾正)、馬場信春、山県昌景
これに内藤昌豊を加えて「武田四名臣」と呼ばれています( ^▽^)
もうじき内藤を登場させてくれるかな?この人は外せませんぜっ!



13:52  |  大河ドラマ風林火山  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007.03/18(Sun)

大河ドラマ感想記

「これより先は兄上の命に従いまする」よう言った
さすがは、武田の名副大将!左馬助・信繁さま!!思わず涙ぐみましたよー。
今までの放送のなかで、一番感激しました。

武田信繁は1525年生まれ。信虎の四男。兄の信玄公とは4つ違いの弟君。主家への奉公の心得などを説いた「異見九十九箇条」を嫡子信豊に与えています。これは、武田の家訓のもとになったものと言われています。信玄の信頼が厚く、信玄に代わってしばしば全軍の総大将を務め、そのため「副将」と俗称されるほどでしたが、川中島合戦において37歳で戦死。

今回は北条氏康も久々に登場したし、義元と雪斎が小憎らしかったし、小山田も台詞が多かったし満足ですぅ。ちょっと哀れだったのが信虎さん。信玄公・信繁の他、虎の字を授けた家臣たちに見送られてました。
でもね、駿河に追放された後、京都に居を構えたり、奈良に遊びに行ったりと、優雅な生活を送ったのですよ。信玄公よりも長生きしたし。考えようによっては、戦乱に明け暮れるよりも、幸せだったかもしれませんね。

さっ、いい気分のまま、「小田原北条記」の続きを読もうっと!これ、めちゃくちゃ面白いですわ。頭の中は戦国絵巻・・・ヤッホー
20:05  |  大河ドラマ風林火山  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2007.03/05(Mon)

信虎のイメージ

大河ドラマ感想記。

冒頭10分、晴信公・信方・勘助の問答は迫力満点でしたね。つまらぬ邪念が入らないよう、亀さんの鼻から上だけを見ていました(笑)。晴信公の器量の大きさ、その場の感情に流されない冷静さといったものが表現されていて、とてもよかったと思います。勘助が、刀を首に当てられたときに見せた 「観念しました」 という表情
これも素晴らしかったです。

今回、後に勝頼の生母となる由布姫とその父諏訪頼重も登場。いよいよ役者が揃ってきて、これからの展開が楽しみになってきました。信虎は、相変わらず憎々しい!(笑) 仲代達矢さんが良い味を出してますねぇ。

しかし考えてみれば、信虎も可愛そうです。後世の人間が、あんなふうに自分を描いていると知ったらどう思うでしょうかね?武田信虎は、14歳で家督を相続し、祖父信昌と父信縄の不和から始まった内乱を40年ぶりに終息させ、甲斐を統一した武将です。甲斐国内の勢力のみでなく、国外勢力との闘争を繰り返すなかで、武田家を守護大名から戦国大名へと変革させ、その基盤を固めました。信玄公による強大な領国経営の礎を築いた偉大な人です。
しかし、信虎=暴君=嫌なヤツと、とられがちです。これは、信虎が追放されたあと、甲斐国内が混乱に陥ることもなく、民百姓も信玄への代替わりを喜んだと勝山記などに記載されているため、信虎は暴君だったと、後世の人が決めつけてしまったのかもしれませんね。信虎の功績の評価が低すぎると思います。晴信によるクーデターの背景は、もっと複雑なのではないでしょうか。
12:54  |  大河ドラマ風林火山  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2007.02/26(Mon)

亀武将の初陣

大河ドラマ感想記。

晴信公の初陣とされる海ノ口城攻略戦でしたね。
勘助が平賀源心に、城に泥を塗り火矢を防ぐようにとアドバイスしてました。
「この城は、ちと小奇麗すぎます。私のように小汚くいたしましょう」って・・・違ったっけ?
勘助の衛生感覚に疑問を持っていたのですが、それなりの言い分があったんだ!(笑)

晴信公は甲羅(←誤)ではなく、鎧兜に身を包んでの初陣でした。
亀という動物にハマっている私には、とても愉快な格好に写ります。
なんだか亀さん、お顔も少しカメに似ている気が・・・・?

そもそも、晴信公を演じている役者さんの名前に亀の字が入っているから
変な妄想にとりつかれてしまったわけで・・・・
どうして、亀という名前の人が亀に似るのかを考えてみました。

【オッカムの定理】というものを聞いたことがあります。
名前を付けてしまうことによって、現象が成立するという有名論です。
例えば、ニートという言葉をつくるからニートが生まれる?・・・らしい。
この定理を亀〇朗さんに、あてはめると
亀という字を名前に使ったので、亀のような人間になってしまったということ?
親が子供に名をつけるとき、名前に恥じない人間になってほしいという願いをこめますよね。
亀という字は、役者としての繁栄を願ってのことでしょう。
首の長さに関しては、亀が首をばした状態をイメージしたのであって
すくめた状態ではないと思います。

これからも役者の亀さんとOooさん家の亀ちゃんを応援します。


14:28  |  大河ドラマ風林火山  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑
PREV  | HOME |  NEXT
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。